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全人代の香港国家安全法の制定方針採択で一層強まる米中対立

2020/05/29

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香港の一国二制度は形骸化するか

28日に閉幕した中国の全人代(全国人民代表大会:国会)では、香港市民の基本的人権に制限を加える「国家安全法」を導入する方針が採択された。賛成2,878票、反対1票、棄権6票の圧倒的賛成多数であった。

議案では、共産党政権の転覆や国家分裂を狙う活動などを防ぐために、香港に国家安全法とその執行機関を整備する、と説明された。今後は、全人代常務委員会がその法律の詳細を決める。6月にも立法作業を終え、遅くても8月に施行される見通しだ。

香港に高度な自治を認めた「一国二制度」のもとでは、香港の法律は香港立法会がつくる決まりとなっているが、「国家安全法」では、全人代が香港立法会を無視して香港の法律をつくる形となる。中国の国家安全当局が、新設の出先機関を通じて香港での法執行が可能になり、集会や言論の自由が失われる恐れがある。これらの点から、香港の一国二制度を形骸化するものとの批判が、世界で広まっている。

「国家安全法」を香港に導入する中国政府の狙いは、体制を大きく揺るがしかねない香港での民主化運動を抑え込むことにある。コロナ問題が、このタイミングでの導入決定を後押しした面もある。香港政府は感染防止を名目に集会などを許可していないことから、今なら、「国家安全法」導入に対する香港での反対運動を抑え込みやすいためだ。

さらに、香港で9月に立法会選挙が行われることも、中国政府が「国家安全法」の成立を急ぐ理由の一つと見られている。昨年11月の香港区議選では民主派が予想外の大躍進を遂げ、議席の過半数を占めた。立法会選挙でも民主派が躍進する可能性がある。しかし、それまでに同法が成立していれば、それに基づき、民主派の候補者を摘発し、また、立候補資格を停止させること等が可能になると判断したのではないか。

制裁措置の可能性を表明したトランプ大統領

米国のポンペオ国務長官は27日に、中国の「一国二制度」の下で香港に認められてきた「高度な自治」が十分に維持されていない、とする評価結果を議会に報告した。

米国では2019年11月、「香港人権・民主主義法」が成立した。「一国二制度」の履行状況を踏まえ、香港に対する優遇措置を継続するかどうか、少なくとも1年に1回検証することを国務省に義務付けるものだ。ポンペオ国務長官の報告は、これに基づくものである。

香港に高度な自治を認める「一国二制度」を前提に、米国は関税やビザ発給などで香港を中国本土より優遇している。ポンペオ長官による報告を受け、優遇措置を継続するか、または一部・すべてを停止するかはトランプ大統領が判断することになる。

トランプ米大統領は26日に、全人代で「国家安全法」を香港に導入する方針が採択されれば、米国の対中措置をとる、とし、「今週中に発表する。強力な内容になると思う」と語った。

ポンペオ国務長官の報告やトランプ大統領の発言は、ぎりぎりのタイミングで中国政府に翻意を促すものであったが、結局は聞き入れられなかった。

底流には米中の体制を巡る覇権争い

米中貿易摩擦問題などでは、中国政府は常に国際世論を味方につけるように振舞ってきたが、そうした今までの姿勢と比べると、今回の香港での「国家安全法」の制定方針は、国際世論に背を向ける感もあり、異例の対応のようにも思える。

中国政府は、「米国などが香港での抗議活動を陰で支援し、中国の体制転換を画策している」と強い警戒感を持っているのではないか。そのもとでは、国際世論に十分に配慮する余裕もなくなっているのかもしれない。

同法の議案では、米国などの介入阻止を強く意識し、「外国勢力が香港を利用して分裂、転覆、浸透、破壊活動を行うことを防ぐ」と明記されていることが、こうした中国政府の強い危機感を表している。今回の問題の底流にあるのは、香港を舞台にした、米中の体制を巡る覇権争い、と言えるのではないか。

予告通りに、今週中にトランプ大統領は、香港の優遇措置を一部外すといった、制裁措置を発表するだろう。

香港の優遇措置の解除

優遇措置の解除としては、大きく2つの段階があるという(「香港問題 国際社会が懸念 トランプ氏は制裁示唆」、2020年5月28日、日本経済新聞電子版)。第1は、香港の人権弾圧に関わった中国共産党の関係者らの米国内の資産凍結や査証(ビザ)の発給停止措置である。これは、形式的な側面も強く、米国にとっては比較的採用しやすいものだ。

第2は、米国が香港に与えている関税やビザ発給などの優遇措置の見直しである。これを見直した場合には、香港も中国本土と同様に厳格な米国の輸出管理の対象となる。米企業は香港を通じて、中国本土、あるいは他のアジア諸国に輸出をしていることから、そうした輸出に打撃が及ぶ可能性があるだろう。

また、中国企業は軍事技術に転用可能なハイテク製品などを、香港を通じて輸入するケースがあり、米国の制裁措置でこうした抜け穴がふさがれる可能性もあるという。

つまり、第2の手段は実効性があり、米中間の関係悪化を決定的にする可能性があるだろう。

この問題では中国は譲歩しない

米中貿易問題では、中国側が相当譲歩した面があった。トランプ大統領は、追加関税などの手段を使って、中国側から譲歩を引き出した、と政治的な勝利をアピールできたのである。

ところが、この香港の問題では、中国側が米国に対して大きく譲歩する余地はほぼないだろう。それは、体制の維持がかっているためである。この点を理解していれば、トランプ大統領も、強い制裁措置で脅し譲歩を引き出す、といった貿易交渉のような戦略ではうまくいかないことが分かるだろう。

そこで制裁措置も、当面は緩いものから始めて、「国家安全法」の内容の詳細を見極めたうえで、次第に強化していく、という慎重な姿勢をトランプ大統領はとるのではないか。

香港はまさに米国と中国という2つの異なる体制の国がぶつかりあう場所、まさに最前線である。それゆえに、大きな矛盾も内包した都市である。

さらに、香港は国際金融センターであることから、終わりが見えない両国の覇権争いは、世界の金融市場や金融ビジネスに、直接的かつ長期間にわたって大きな打撃を与えることになるだろう。

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