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香港を巡る米中対立はグローバルな資金収縮につながるリスク

2020/06/01

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米中貿易協議破棄への言及なしに金融市場は安堵

中国政府が全人代で、香港への統制を強化し「一国二制度」を形骸化しかねない「国家安全法制」の制定を採択したことを受け、トランプ大統領は5月29日(米国時間)に、中国に制裁措置を講じる考えを発表した。

トランプ大統領は、1997年の香港返還を前に1992年に成立させた「香港政策法(United States–Hong Kong Policy Act)」のもとで、米国が香港に与えていた優遇措置を解除するプロセスを始めるよう指示したことを明らかにした。関税や渡航に関する優遇措置を取り消し、香港の自治侵害と、自由の抑圧に直接的、間接的に関与した中国と香港の当局者に制裁を科す。また、犯罪人引き渡し条約の見直し、軍民両用技術の輸出規制の適用などを検討するとしている。

具体的な中身は欠いていたものの、香港に対する優遇措置のかなりの部分を停止する可能性を示唆したものと言える。その場合には、米国企業の香港向け輸出や現地でのビジネスにも悪影響が及ぶことは避けられない。一種のブーメラン効果である。

ただし、トランプ大統領の発言に、中国との間の貿易協議を破棄するなどの言及がなかったことを市場は安堵している。そのため、トランプ大統領の制裁措置が、目先の金融市場に与える悪影響は限られそうだ。

中国企業の米国での上場廃止のリスクも

一方、トランプ大統領が発表した措置は、香港への優遇措置の見直しにとどまらなかった。中国による情報の隠蔽により、新型コロナウイルスが世界中に拡散した、と改めて中国を批判すると共に、中国に支配されているとして世界保健機関(WHO)への資金の拠出を停止することを発表したのである。

また、中国政府は長年にわたり、米国の産業機密を盗む違法なスパイ活動を行ってきたとし、大学の研究成果を保護するため、潜在的な安全リスクを脅かすとみなす者の中国からの入国を停止するとした。さらに、米国の市場に上場している中国企業の慣行を調査するよう指示した、と説明した。

米国に上場する中国企業を監査する監査法人は、米当局の検査を拒んでいる。そこで、中国企業が米当局の検査を拒めば、上場を廃止することを可能にする「外国企業説明責任法」が5月20日に上院で可決された。トランプ大統領の発言は、米国市場で資金を調達する中国企業を、米国から締め出す可能性を示唆している。

このように、トランプ米大統領が5月29日に発表した中国への批判や制裁措置は、香港に限らず広範囲な分野に及んだのである。

コロナショック下で一段と際立つ世界のリーダーシップの不在

ところで中国は、海外からの強い反発を覚悟の上で、香港の「一国二制度」を形骸化しかねない「国家安全法制」の制定方針を決めた。これは、国際社会に背を向ける動きと言えるだろう。

他方で米国がWHOへの資金拠出停止を決めたことも、同様に国際協調の姿勢に反するものである。新型コロナウイルス問題への対応で、各国の協調が今までにないほど必要な局面である中、米国と中国という2つの大国が、それぞれ自国第一主義を強めていることは看過できないグローバルリスクだ。

まさに、コロナショックの下で、世界がリーダーを欠く状況がより強まり、いわゆる「Gゼロ」が際立ってきている。

ドル・ペッグ(連動)制見直しが香港の地位低下を加速する可能性

既に述べたように、金融市場はトランプ大統領が米中貿易協議の破棄に言及しなかったことに安堵しているが、実際には、香港に対する優遇措置の停止や米国に上場する中国企業への規制強化は、米中間の対立が、従来の貿易分野、つまり「モノ」から「ヒト」、そして資金の流れ、つまり「カネ」にまで一段と拡大してきたと解釈すべきなのではないか。

中国政府による「国家安全法制」の制定の動きと、米国政府による香港への優遇措置撤廃の双方が重なることこそが、国際金融センターとしての香港の地位に深刻な打撃を与える可能性があるのだ。

それを決定的にしかねないのが、香港の「ドル・ペッグ(連動)制」見直しの可能性である。米国の香港政策法では「香港ドルと米ドルの自由な交換を認める」とされているが、これが見直される可能性がでてきた。

香港ドルがドルと連動していることは、為替リスクを大きく軽減し、海外企業がまるで米国等の他国にいるような環境で、香港でビジネスを行うことを助けている。それがなくなれば、海外企業が香港でビジネスを行うメリットは低下し、香港からの企業や人材の流出を加速させるだろう。

香港は「中国でありながら中国でない」という唯一無二の存在

国際金融センターとしての香港の地位が低下した際には、その機能は一部、シンガポールなどに移ることになるだろうが、中国ビジネスに深く関わる香港の機能を引き継ぐことはできない。香港は「中国でありながら中国でない」という唯一無二の存在だからだ。その曖昧さのもとで、中国も他国も大きな利益を得てきたが、そうした矛盾がいよいよ表面化してきたことが、今回の香港問題の一側面と言えるのかもしれない。

中国は、香港を窓口にして海外からの資金を大量に集めている。中国の経常黒字が急速に縮小していることを踏まえれば、今後の成長には海外からの資金の取入れ拡大は欠かせない。その際には、香港の役割はますます重要になるはずだ。

他方、海外投資家は、香港を通じて中国の株式、債券などに投資をし、中国のダイナミズムを投資リターンとして取り込んできた。

国際金融センターとしての香港の地位が低下した際には、中国、海外ともに、マネーフローの観点から大きな打撃を受けるのである。

香港問題をきっかけに世界の「カネ」の流れも縮小か

また、米国では今後、中国企業の上場廃止の動きが出てくる可能性がある。それは、中国企業の海外での資金調達を制約してしまう。さらに、米国の保守派の民間団体には、中国と香港を、ドルの国際決済に欠かせないSWIFT(国際銀行間通信協会)から締め出すべき、との意見も出ているのは大いに懸念されるところだ。

仮にそうした事態になれば、依然としてドル建て決済の比率が高い中国の貿易は壊滅的な打撃を受ける可能性がある。そうしたリスクに備えて、中国はデジタル人民元の発行とその海外での流通を前倒しで進め、人民元での決済比率を高める人民元の国際化を急ぐことになるだろう。

香港問題を巡る米中対立をきっかけに、世界の資金の流れが急速に縮小するリスクが浮上してきた点に留意が必要だ。「モノ」、「ヒト」に続いて、世界の「カネ」の流れも縮小する懸念が生じているのである。それは、米中貿易摩擦とは比べものにならないほどの大きな衝撃を、世界の金融市場と経済に与える可能性を秘めているだろう。それは、香港という一都市の問題には、到底収まり切れないのである。

こうした点を踏まえると、トランプ大統領が米中貿易協議の破棄に言及しなかったことで安堵している金融市場は、やや滑稽でさえある。

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