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新たな休業者支援(みなし失業)制度は『隠れ休業者』を救えるか

2020/06/04

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4月に休業者と実質的な失業者数は400万人規模で増加か

4月の休業者数は前年同月比で420万人と、3月の同31万人から一気に390万人も増加した。ここでの休業者とは、企業との雇用関係は維持されながらも休業状態にある就業者で、かつ企業から休業手当の支払いを受けている人のことを言う。この420万人のうち、57%が非正規労働者である。

他方、4月の失業者数は季節調整値で6万人しか増加していない。しかし、4月の就業者数は季節調整値で107万人も減少した。働く意志や能力を持たない16歳以上の非労働力人口は4月に季節調整値で94万人増加しているが、急増した非労働力人口の多くは、求職申請手続きを経て、5月の統計では失業者に計上されることが予想される。

このように、休業者数、そして実質的な失業者数は4月に400万人規模で急増したと考えられる。

深刻化する「隠れ休業者」問題

しかし、政府が今、最も手を差し伸べる必要があるのは、休業者や失業者ではない。企業との雇用契約は維持されながらも、休業者とはなっていない、いわゆる「隠れ休業者」である。「隠れ休業者」は自宅待機を求められ休業状態にあるが、企業からの休業手当も失業手当もどちらも受け取れないのである。政府からの支援策として受けられるのは、今のところ10万円の給付金のみである。

労働基準法は、景気悪化、経営悪化など会社側の都合で従業員を休業させる場合には、平均給料の6割以上を支払うことを企業に義務付けている。しかし実際には、休業手当が支払われない「隠れ休業者」が相当数存在する。経営環境が厳しい中、休業手当を支払う余裕がない、あるいは支払うと企業が資金繰りに行き詰って倒産してしまうリスクがあるといったケースもあるだろう。

他方、従業員に個人都合の休業者となることを強いることや、欠勤や有給休暇の消化を求めることで、休業手当の支給を免れている企業もいるようだ。

また、こうした「隠れ休業者」が合法であることを主張する企業もある。労働基準法は、自然災害など企業にとっての不可抗力にあたる場合には、休業手当の支給を免れるとしている。果たして、コロナショックがそうした免責の事由にあたるのかどうかは、法的には不透明である。

なかなか機能しない雇用調整助成金制度

こうした「隠れ休業者」を減らすことが期待されるのが、企業の休業手当の一部を補助する、雇用調整助成金制度だった。ところが、常設のこの制度は、危機時には十分に機能してこなかったと言えるだろう。

申請を阻む問題点は、第1に、大量の記入書類、証明書類の提出を求められるという、企業にとっての大きな事務処理負担である。第2に、厚労省は申請から支給までに最短2週間を目指すとしながらも、実際には1~2か月かかるケースが多い点である。第3に、企業が休業手当を支給した後に、初めて助成金を受け取ることができる点である。いわゆる「後払い方式」である。厳しい資金繰りに直面する企業は、雇用調整助成金制度を申請する余裕はないだろう。

各地の労働局に寄せられた企業の相談件数に対して、5月21日時点では、雇用調整助成金を申請した件数は9.8%、支給の決定は4.9%である。また、6月1日時点での申請件数は8万4,395件、支給決定は4万884件だった。始まったばかりのオンライン申請も、システムのプログラムの設定ミスにより一時停止に追い込まれてしまった。

手続きの簡素化などを受けて、ごく足もとで申請件数はようやく増え始めているようだが、救えているのは「隠れ休業者」のうちごく一部にとどまっている。

新たな休業者支援(みなし失業)制度は「隠れ休業者」の救世主となるか

そこで、企業が申請するのではなく、事実上休業状態にある従業員が自ら申請して、手当てを受け取れるようにする新しい制度が、政府の2次補正予算案に盛り込まれた。東日本大震災の際にも導入され、「みなし失業」制度とも呼ばれる。

未だ設計途中であるが、月額賃金の8割程度の支給、上限額は月33万円程度、雇用調整助成金を申請していない中小企業の従業員が対象、雇用保険に加入していないパート労働者なども含む、といった方向で現在検討されているとみられる。事実上の休業者は企業から休業証明を受け取り、自らオンラインなどでハローワークに申請することになる。申請から1週間程度で支給できる可能性があるという。

政府がこの制度を創設するのは、雇用調整助成金制度が期待した程には機能していないためであることは明らかだ。今後は、「隠れ休業者」を減らすために、雇用調整助成金とこの新たな休業者支援(みなし失業)制度が併存する形となる。対象となる中小企業の多くは、雇用調整助成金制度ではなく、新たな休業者支援(みなし失業)制度を事実上選択するようになるのかもしれない。

新制度にも幾つかの懸念

ただし、この新たな休業者支援(みなし失業)制度にも問題点がある。第1に、事実上の休業者が企業から休業証明を受け取ることができないケースが出てくることだ。企業が既に休業状態に陥っている場合には、企業から休業証明を受け取ることは難しいかもしれない。また、不当に休業手当を支払わなかったことが露見することを怖れる企業は、休業証明を出すことを拒むかもしれない。第2は、ハローワークでの事務処理が迅速に進まないことだ。現在、ハローワークでの求職申請手続きの遅れから、失業手当を受け取れない人が多いと推察される。ハローワークも深刻な人手不足なのだろう。休業者支援(みなし失業)制度のもとでの手当てが、申請から1週間で果たして受け取ることができるかどうかは不確実である。

第3に、雇用保険に加入していないパート労働者が手当てを受け取ることに対して、反発する企業、労働者が出てくる可能性がある。この点も踏まえ、同制度はあくまでも危機時の時限的な措置、と位置付ける必要があろう。

なお様々な問題を抱えながら、この新たな休業者支援(みなし失業)制度と既存の雇用調整助成金制度は、「隠れ休業者」を減らしていくことに一定程度貢献するだろう。しかし、多くの「隠れ休業者」を救済するまでには、なおかなりの時間を要するのではないか。

失業者の増加、失業率の上昇をできる限り防ぐことに、政府の目標が設定されやすい。しかし、各種制度のはざまで最も苦しい状況に置かれる「隠れ休業者」への対応を、政策の最優先に位置付けるべきである。

政府はこの新たな休業者支援(みなし失業)制度や雇用調整助成金制度の稼働状況を見ながら、必要に応じて追加的な措置を迅速に講じて欲しい。

(参考資料)
「コロナ休業は『不可抗力』?」、「休業者支援の新制度、勤め先通さず申請」、日本経済新聞、2020年6月4日

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