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米国レバレッジ型ETNに潜むリスク

2020/06/05

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原油ETFが浮き彫りにした米国個人投資家の問題

4月にニューヨークの原油先物価格がマイナスとなった際には、原油先物を原油ETF(上場投資信託:Exchange Traded Fund)を通じて購入した個人投資家が、大きな損失を負ったこと、さらに、原油ETFの商品性やリスクを個人投資家が十分に理解していなかったことが大いに問題となった。

原油ETFは期近物を期先物に乗り換えて投資を続ける設計であるが、原油の貯蔵コストを考慮すると、期近物よりも期先物の方が、価格が高くなりやすい。こうした価格構造のもとでは、期近物を安く売って期先物を高く買う、という売買を繰り返すことになるため、短期的には大きな利益を上げる局面があるとしても、長い目で見れば利益は上がりにくいという特性がある(コラム「原油先物投資の落とし穴」、2020年4月22日)。また4月のように大きな損失が生じることもある。

しかし、その点を十分に理解しないまま、退職後に備えた資金を原油ETFに注ぎ込む米国個人投資家が少なくないようだ。

原油ETFに限らずETFは、指標に連動して動く分かりやすさなどから米国の個人の資金を相当に集めてきた。しかし、個人の資金は同時に一方向に振れやすいことから、こうしたETFが金融市場の価格のボラティリティを高め、金融市場を不安定化させるリスクが指摘されている。

ETNとは何か?

ETFと同様に、米国個人投資家の資金を近年大量に集めてきたのが、ETN(上場投資証券:Exchange Traded Note)である。東京証券取引所の説明によれば、ETNはETFと同様に、価格が株価指数や商品価格等の「特定の指標」に連動する指数連動型商品だが、金融機関(発行体)がその信用力をもとに、価格が特定の指標に連動することを保証する債券であるため、ETFとは異なり証券に対する裏付資産を持たないという特徴がある。

ETFは、現物株式等を裏付け資産として保有している。例えばTOPIX連動型ETFの場合には、東証1部の1,900銘柄以上の現物株式を裏付け資産としてファンドが保有している。これに対してETNは発行体となる大手証券会社や銀行などの金融機関が対象指標との連動性を保証することとなるため、裏付けとなる現物資産は保有していないのである。

好まれるリスクの高いレバレッジ型ETN

米国では、信用力の高い大手銀行が、個人投資家向けに多くの種類のETNを発行している。米国の個人投資家の間で特に人気を集めているのは、ハイリスクのレバレッジ型ETNだ。

それは、原指標、例えばダウ平均株価の変動率に一定の倍数を掛けて算出されるレバレッジ型指標に連動するETNを指す。倍数が2倍の場合であれば、ダウ平均株価が10%上昇するときにはその価値は20%上昇し、ダウ平均株価が10%下落するときにはその価値は20%下落する。

レバレッジ型ETNを発行する銀行は、多くの場合にはETNのリターンを高めるために借入を行う。他方、ETNを発行する銀行は、ETNの価値が一定程度下落した場合には、ETNを早期償還し、上場廃止とする選択肢を持っている。その結果、投資家は強制的に損失を確定させられ、市場から即座に退場させられる。このため、早期償還についてあらかじめ定められたこの条項は、「即死条項」とも呼ばれているのである。

コロナ・ショックにより3~4月に株価や原油価格が大きく下落した局面では、ETNの価値下落と早期償還によって、退職後の貯えを一気に失った個人投資家が、米国で多く発生した模様である。

例えば、米国のある大手銀行が発行したVelosityShares3XLongCrudeOil ETNという、倍数が3倍の原油ETNの場合には、一株当たりの価値は年初に15ドルであったが、それが16セントにまで下落した。つまり価値は1%程度にまで下落してしまったのである。これは、原油価格が1バレル61ドルから14ドルに下がる局面で生じたものだ。

発行体の大手銀行は、このETNを4月に早期償還した。その結果、退職後の備えを一気に失った個人投資家が続出したのである。

米国個人マネーが金融市場の不安定性を増幅か

このETNの目論見書には、「長期投資には向かない商品」、「連動する指数が長期的には良いパフォーマンスを上げていても、あなたは大きな損失を被る可能性がある」との説明があったという。個人投資家に対してETNの発行体が、その商品性、リスクを十分に説明していなかった面もあるが、個人投資家側にも商品性を十分に理解しようと努めなかったという落ち度があったことは否定できないだろう。

米国金融市場は落ち着きを取り戻したかに見えるが、米国の個人投資家が被ったダメージはこのように大きく、それは今後も尾を引くだろう。損失が生じたETN、ETF、その他ファンドから、個人が資金を引きあげる動きはなお続くだろう。怖いのは、個人投資家のマネーは、米国市場に絶大な影響力を持っているうえ、その動きが一方向に傾きやすいことである。

十分に認識しないままにリスクの高い投資に資金をつぎ込んでしまった米国個人投資家が、思わぬ大きな損失に狼狽して、投資資金を一気に引き上げる。そうした個人マネーの動きが、金融市場全体の大きなかく乱要因となり、次の金融危機・不安の引き金となる、あるいはそれを増幅してしまう懸念が払しょくできないのである。

(参考資料)
"Collapse of Risky Securities Burns Individual Investors", Wall Street Journal, June 2, 2020

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