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予想外に改善した5月米雇用統計と日本への示唆

2020/06/08

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5月米雇用統計は予想外に改善

米労働省が6月5日に発表した5月分雇用統計は、事前予想を大きく上回る改善となり、コロナショックで急激に悪化した米国経済が、とりあえず底打ちしつつあることを裏付けるものとなった。それは、金融市場の景況感にも好影響を与えている。

非農業部門就業者数(季節調整済値)は前月比250万9,000人増加した。また、失業率は13.3%に改善した。事前の市場予想は就業者数が833万人減、失業率が19.5%だった。就業者の増加のうち娯楽や接客業界の雇用は、全体の改善分のおよそ半分を占めた。

失業率は2月の3.5%から、4月には14.7%にまで跳ね上がり、1948年の統計開始以来で最高値を記録していた。失業率は5月に13.3%と予想外に改善したが、依然として1930年代の大恐慌時以来となる歴史的高水準であることは変わらない。また、正社員を希望しながらパートタイムで働いている人などを含む広義の失業率は21.2%と高止まりしており、雇用情勢は依然として厳しい。

残される統計の精度の問題

事前に就業者数の大幅減少と失業率のさらなる上昇が幅広く予想されていたのは、5月の雇用統計の調査時点で、新規失業保険申請者数並びに失業保険受給者数が、前月比で増加していたからだ。

しかし、失業保険申請者数と就業者数、失業者数の変化とは一致しないことがある。新規失業保険の申請の中には、最終的に却下されたり、また前月以前に失業した人の申請も含まれているためだ。さらに、一度申請を却下された人が再申請したり、職場復帰したが再び解雇されたりした人がいるため、重複して申請されたケースも含まれている。政府が、失業保険の受給資格基準を拡大し、有資格者には週600ドルを追加支給するなど手当を手厚くしたことも、再申請件数の増加を助長した可能性もある。

また、統計の精度の問題も考慮に入れておく必要もある。米労働省によると、コロナショックの混乱により、失業率の計算に用いる調査の回答率はわずか67%にとどまった。これは危機前より15ポイントほど低いという。統計は、今後大きく修正される可能性がある。

就業者数は、米労働者の約3分の1を雇用する事業体14万5,000に上る企業や他の雇用主らを対象とした事業者調査に基づいているため、失業率を算出している家計調査よりも精度が高いことは確かであるが、それでも今後の修正幅は大きくなる可能性がある。

以前の雇用情勢を取り戻すには数年かかるか

5月の雇用増加は、米国経済が5月にとりあえず底打ちしたことを裏付けるものであるが、他方で、今後の雇用情勢、経済情勢が順調に回復していくことを裏付けるものとは言えない。米国での経済再開の動きは概して鈍く、また、各地で広がるデモや暴動が、再開の妨げとなっている。

さらに、米国の雇用は政府が6,500億ドルもの巨額資金を投じた給与保護プログラム(PPP)に支えられている部分が大きい。しかしそれも、年末には失効する予定だ。また、航空会社への公的支援の条件となった雇用維持の義務も失効していく。

こうした中で、この先の雇用の改善ペースは緩やかにとどまるはずであり、コロナショック以前の雇用情勢を取り戻すまでには、数年単位の時間が必要となろう。

日本と米国の雇用情勢変化の違いにレイオフ(一時帰休)制度

ところで、日本の雇用情勢は、米国のように月単位で急激な悪化から改善へとダイナミックに変化することは考えられない。米国で、就業者と失業者との間の入れ替えが急速に起こるのは、レイオフ(一時帰休)制度があるためだ。

自動車など製造業では、経営環境が改善した際には再雇用を前提にした解雇の慣例がある。レイオフされた労働者は、失業保険を申請して失業者になるが、職探しをすることなく、同じ企業に再雇用されることを待つケースが多いだろう。

他方、企業にとっては、経営状況が悪化する際に、従業員に一時的に失業者となってもらい、失業手当という公的支援を受けてもらう。その際に、企業にコストは生じない。ただし、経営状況が改善すれば、新たな求人活動をすることなく、レイオフされた人を再雇用するのである。

ここに、米国の労働市場がダイナミックに変化する理由の一つがあるだろう。

日本では休業制度に注目

ところが日本では、再雇用を前提にして解雇された者には、原則、失業手当を受給する資格が与えられない。あくまでも完全に職を失い、なお働く意志があって求職活動をしている人が、失業手当を受給することができ、失業者となるのである。あるタクシー会社が、再雇用を約束して社員全員を解雇しようとしたことがあったが、彼らは失業手当を受給できない可能性が高い。

米国製造業でのレイオフに近いのは、日本では敢えて言えば休業者制度だ。企業から休業手当を受け取る休業者数は4月に597万人と、前月から350万人近くも急増した。日本では、雇用情勢の変化を探る際には、この休業者数の動きに注目しておくことが有効だろう。

日本の失業率のピークは来年前半か

会社都合の休業者数は、失業予備軍でもある。会社が倒産あるいは廃業となれば、休業者らは失業者となってしまう。経済危機の下でも企業は何とか経営を維持しようとするが、厳しい経済情勢が続けば、いよいよ持ちこたえることができなくなり、倒産あるいは廃業に追いこまれる。それは、しばしば、経済情勢が底打ちしてから時間差で生じるものだ。

このように、日本では雇用情勢の変化は、景気情勢に遅れやすい。仮に日本経済が現在、最悪期を過ぎて底打ちしつつある状況だとしても、急回復するようなことがない限りは、雇用情勢の悪化はなお続き、失業率がピークを付けるのは来年前半となるだろう。日本の労働市場は、米国のようにダイナミックには変化しないのである。

(参考資料)
"America’s Employment Crisis Has Turned the Corner", Wall Street Journal, June 6, 2020
"How Many U.S. Workers Have Lost Jobs During Coronavirus Pandemic? There Are Several Ways to Count", Wall Street Journal, June 4, 2020

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