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FRBがメインストリート融資制度を拡充:深化する異例の政策スキーム

2020/06/09

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銀行融資を一段と促すことを狙った拡充策

米連邦準備制度理事会(FRB)は6月8日に、中小企業の資金繰りを助けるため、中小企業向けに銀行が実施した融資の債権をFRBが買い取る「メインストリート融資制度(MSLP)」の拡充を発表した。より多くの企業が同制度を利用できるようにするとともに、銀行融資を促すために、FRBが銀行から買い取る融資債権の割合を拡大したのである。

主な変更は以下の5点だ。第1に、融資期間が4年から5年に延長された。第2に、企業が元金の返済を猶予できる期間が、1年から2年に延長された。第3に、融資の最低額が50万ドルから25万ドルに引き下げられた。第4に、融資の上限が、一部のプログラムで2,500万ドルから5,000万ドルへと引き上げられた。第5に、銀行が保有し続ける融資債権の割合を、一部プログラムで15%であったものを5%に引き下げ、すべてのプログラムで5%とした。

融資の最低額を引き下げることで、より規模の小さな企業、あるいは借入れによる債務負担の増加を警戒する企業も、同制度を利用しやすくなる。他方で、銀行が保有し続ける融資債権の割合を引き下げたことで、銀行は貸し倒れリスクをそれほど警戒せずに、貸出を増やすことができる。

「メインストリート融資制度(MSLP)」と「給与保護プログラム(PPP)」は両輪

FRBは6月8日のプレスリリースの中で、企業がこの「メインストリート融資制度(MSLP)」に登録したら、直ぐに融資を始めるよう、銀行に強く迫っている。同制度は3月に発表されたが、詳細な設計に時間がかかり、実施のタイミングが後ずれしていたのである。

さらに、同制度は4月に一度変更されており、今回の拡充策は実は2回目である。3月に枠組みが発表された当初は、従業員1万人以下、売上高20億ドル以下の企業を対象としていたが、これを従業員1万5,000人以下、売上高50億ドル以下の企業にまで対象が広げられた。その際、比較的規模の大きい中堅企業であっても、社債・資本市場で資金調達する規模には至っていない企業を融資対象にする狙いがある、とFRBは説明していた。2017年の米国勢調査によると、従業員1万~2万人の企業は2,364社あった。

中小企業の支援としては、3月に創設された「給与保護プログラム(PPP)」がある。これは融資の形式をとっているものの、雇用維持などの一定の条件の下では企業が返済する必要がなくなる、事実上の給付金だ。これとMSLPとが、米国の中小企業支援で両輪の役割を果たしている。

ところが、前者の利用は急速に進んだのに対して、後者はようやくこれから稼働するところだ。日本では、緊急融資で企業の資金繰りをとりあえず助けた後に、給付金で自己資本を支え、企業の信用力を高めるなどして経営の安定化を図るというプロセスが想定されている。米国では、この順番が全く逆になってしまったのである。

銀行融資を促すためFRBがさらにリスクを引き受ける

FRBが、今回MSLPの拡充策の第2弾に踏み切った背景には、「より規模の小さい企業も支援しないと、雇用環境を改善させることはできない」と考えたことがあるだろう。

さらに、銀行が同制度の下での融資拡大に慎重な姿勢であったことも背景にあるのではないか。融資債権のうち相当部分はFRBが買い取るとしても、残った部分で焦げ付きが生じることを銀行はなお警戒しているだろう。さらにFRBは、中小企業と雇用者を支援するとともに、中央銀行として、銀行の不良債権増加のリスクにも目を配らなければならない。

そこで今回は、FRBが買い取る融資債権の割合を一律95%(銀行が保有し続けるのは5%)まで引き上げた。FRBがよりリスクを引き受けることで、銀行の融資を促す狙いがある。

高まるFRBのバランスシート毀損のリスク

このように、融資の対象を広げ、より融資が焦げ付くリスクを高める方向に同制度を拡充する一方で、融資枠は6,000億ドル、財務省が750億ドルの政府保証を行うとの枠組みは、当初案から変わっていない。その分、FRBが買い取る融資債権が焦げ付き、財務省の保証ではカバーしきれない損失が生じることで、FRBのバランスシートが毀損されるリスクが、より高まることになる。これは、通貨の信認を揺るがすリスクを高めることになるだろう。

さらに、FRBが融資債権の一律95%を買い取ることで、銀行は企業向け貸出の信用リスクを十分に審査せずに、融資の拡大を決めてしまう可能性が高まる。これこそが、まさにFRBが狙っていることではあるのだが、長い目で見れば、競争力を失った企業をいたずらに延命させ、経済全体の活力を削いでしまうという問題もある。この点、日本の信用保証付き融資とも似た面があるのではないか。

また英国でも、政府が危機で打撃を受けた企業向け銀行融資の80%を保証すると表明しても、銀行は融資に慎重な姿勢を崩さなかったが、保証を100%に引き上げると融資が一気に倍増した、という事例もある。

MSLPは一種の劇薬

こうした多くの問題を抱えるMSLPは、まさに異例の政策である。危機時には企業と雇用を支えるという効果がある一方、深刻な副作用も生じさせる一種の劇薬である。中央銀行の通常の機能を明らかに超えた、異例の措置だ。

そして、それが他国のモデルともなってきた。6月1日に中国人民銀行(中央銀行)は、地方銀行が小規模・零細企業向けに行った無担保融資の買い入れに4,000億元(約6兆1,000億円)を使うことを発表した。これは、FRBの同制度に倣ったものだろう。

ちなみに日本では、コロナショックを受けた中小企業向け緊急融資は、政策金融の枠組みを活用することで、政府がリスクを負う形の枠組みだ。日本銀行は、その融資制度のもとで融資を拡大するインセンティブを銀行に与える役割を担っているが、自らは信用リスクを引き受けてはいない。日本の中小企業向け支援では、中央銀行は本来の機能の枠内にとどまっているのである。

コロナショックを受けて、新たな異例の政策で、FRBは世界をリードしている面がある。他方で、それに伴う既述のような多くのリスクをしっかりと管理していくことでも、世界の模範となって欲しいところだ。

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