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ポストコロナに政策枠組みの再構築を迫られる日本銀行

2020/06/15

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「新たな資金供給手段」の枠を増額か

6月15、16日に開かれる日本銀行の金融政策決定会合では、本格的な追加緩和措置の実施は見送られるだろう。唯一可能性があるのは、政府が実施している民間金融機関による無利子・無担保融資を中心とした適格融資に対して、日本銀行が実質マイナス金利などの好条件で銀行に資金を貸出す「新たな資金供給手段」の枠を、30兆円程度増額することだろう。

政府は、先日成立した2次補正で、この特別融資制度の事業規模を28.2兆円と見積もった(1次補正では24.2兆円)。それに応じて、日本銀行が「新たな資金供給手段」と、それを含む3つの資金供給の枠組みである「特別プログラム」の規模を同額程度拡大させる可能性がある。

しかしこの資金供給の規模の拡大は、上限見積もり額の引き上げに過ぎない。また、政府の2次補正実施を受けた対応である。この点から、資金供給の規模拡大が決定されても、それは本格的な追加緩和措置とは言えない。

そもそも、日本銀行の「新たな資金供給手段」によって、民間金融機関による無利子・無担保融資がどれ程後押ししているかは明らかではない。融資のほとんどは、信用保証制度によって促されていると考えられるのである。

ETFも国債も足もとで買入れは拡大していない

コロナショックをきっかけに3月に生じた金融市場の動揺を受けて、日本銀行はETF、J-REIT、CP、社債の買入れ目標を引き上げ、さらに長期国債の買入れについては、80兆円の目途を撤廃して、無制限に買入れる姿勢を明らかにした。

しかし足もとでは、株式市場の落ち着きを受けて、ETFの買入れ額は、かなり減少している。年間目標の実現をあまり意識していないようなオペレーションである。

さらに、長期国債の買入れ増加額も3月以降はほぼ横ばいの状態だ。長期、超長期の利回りにやや上昇圧力がかかるなかでも、買入れ額は目立って増えていない。

日本銀行は4月の会合の対外公表文で、「政府の緊急経済対策により国債発行が増加することの影響も踏まえ」と、財政ファイナンスを暗示するような表現を用いていた。ここには、政府の経済政策に協調する姿勢を強くアピールする狙いがあった。そして、経済対策実施による国債の大量発行が利回り上昇を招くことを怖れる政府への配慮があったのではないか。それは、政府が利回り上昇など発行条件の悪化を警戒せずに、国債発行を増発できる環境を支えており、財政規律を緩めているという観点から問題だ。

政策の中心は金融の安定から企業・雇用の支援に変化

しかし、2016年9月以降、長期国債の買入れ増加ペースを着実に低下させてきたことに表れているように、日本銀行は様々な副作用を生む国債買入れペースをできるだけ抑えたいというのが本音なのではないか。それが、足もとで国債買入れ額が拡大していない理由だろう。また、金融機関が「新たな資金供給手段」を通じて日本銀行から資金を調達する際に必要となる、担保としての国債の確保を日本銀行の買入れによって阻害しない、という配慮もあるのではないか。

金融市場が動揺した当初こそ、日本銀行に国債買入れを拡大させる姿勢が見られたが、それは、国債買入れが銀行に対して着実に流動性を供給させる手段であったからだ。つまり、マクロ金融政策ではなく、金融システムの安定のための措置という側面が強かったのである。しかし、金融市場が落ち着きを取り戻す中、長期国債やETFの買入れを拡大させる必要性が低下してきた。政府に対しては、国債買入れを増加させるという姿勢だけをアピールしたのである。

そこで、日本銀行の政策の中心は、3月の金融システムの安定・維持から企業の資金繰りを助け、雇用を維持することに既に移っている。それを支えているのが、「特別プログラム」であり、特にその中で「新たな資金供給手段」がその中心的な役割を果たしている。

企業・雇用の支援に注力する環境は日本銀行にとって居心地が良い

ところで、政府の特別融資制度に乗っかる形で、政府との協調をアピールしつつ企業・雇用を支援する政策に注力する政策は、日本銀行にとっては非常に居心地の良いものだ。このもとでは、異例の緩和策の副作用や2%の物価目標を達成できないこと等への批判を受けることはない。政府や国民から称賛されることはあっても、批判されることはまずないのである。

また、マイナス金利政策導入後には、日本銀行の政策に対する批判を強めた民間銀行に対して、事実上の補助金を与えるに等しい「新たな資金供給手段」を提供することは、民間銀行からも感謝されるだろう。民間銀行との関係回復にも役立つ。

ただし、こうした居心地の良い環境を、日本銀行はいつまでも続けていることはできない。今後感染問題が収束していき、経済環境が安定を取り戻していくなかでは、日本銀行は危機対応ではなく、平時の金融政策に戻していくことが必要となる。

コロナショックで政策の基本的な枠組みは一度崩れた

コロナショックを受けて、日本銀行は2%の物価安定目標達成のモメンタムはいったん失われたとして、事実上、その目標を棚上げした。もともと高過ぎて現実的ではない2%の物価安定目標の旗を降ろすには、コロナショックはまさに絶好の理由付けとなったのである。

また、政策金利の先行きの方針を示すフォワードガイダンスについては、「政策金利については、『物価安定の目標』に向けたモメンタムが損なわれる惧れに注意が必要な間、現在の長短金利の水準、または、それを下回る水準で推移することを想定している」としていた文言から、前半の「政策金利については、『物価安定の目標』に向けたモメンタムが損なわれる惧れに注意が必要な間」という、条件を削除した。

政策目標に続いて、それと結びついた政策運営の基本的な方針についても、放棄した形だ。つまり非常事態の下で、マクロ金融政策の基本的な枠組みを日本銀行は一度崩したのである。

政策の枠組み再構築は正常化を後押しか

事態が落ち着けば、日本銀行は再び、マクロ金融政策の基本的な枠組みを再構築することになる。ただし、コロナショックが2%の物価安定目標を事実上修正する絶好の機会になったことから、それを活かすために、コロナショック前の状態にそのまま戻すということにはならないだろう。

そうはいっても、一気に2%の物価安定目標を放棄することもできない。そこで、2%の物価安定目標を、金融政策運営との関連性を薄める、中長期の目標へと変質させることを日本銀行は試みるのではないか。それを、対外公表文の中での微妙な表現の修正として滲みださせる可能性がある。

そして、こうした2%の物価安定目標の事実上の修正は、過去にとられた異例の金融緩和策の正常化への道を開くものである。その際には、「物価の安定」と「信用秩序の維持(金融システム安定)」という日本銀行の2つの責務(マンデート)のうち、後者に軸足を移していく形で正常化が進められていくだろう。

ただし金融政策の修正、正常化は、コロナ後に一気に進むものではなく、政権交代、日本銀行の総裁の交代などを経ながら、徐々に加速していくだろう。その先には、金融機関の収益と金融システムの安定に配慮して、マイナス金利政策の解除も視野に入っていくのではないか。

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