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中銀デジタル通貨発行の検討が骨太の方針に初めて盛り込まれる

2020/07/15

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慎重スタンスの日本銀行へのプレッシャーが高まる

7月15日の日本経済新聞は、17日にも閣議決定される「骨太の方針(経済財政運営と改革の基本方針)」に、中央銀行が発行するデジタル通貨、「中銀デジタル通貨(CBDC)」の検討方針が盛り込まれる、と報じている。

このことはやや意外である。7月8日に政府は骨太の方針の原案を公表したが、そこでは、そうした方針は全く示されていなかったからだ。この1週間のうちに何が起こったのかは不明であるが、筆者の想像では、香港国家安全法の施行を受けて、中国に対する警戒感が与党内、政府内で高まったことが理由の一つではないかと推察する。というのも、与党内での中銀デジタル通貨の議論は、今までも、中国への対抗を強く意識してなされてきたからだ。

一方、骨太の方針に中銀デジタル通貨の発行を検討することが明記されれば、日本銀行には強いプレッシャーとなることは間違いない。日本銀行は、1月に欧州の中央銀行などと中銀デジタル通貨の共同研究を始めた。また、今月には、中銀デジタル通貨の技術的な論点をまとめた論文も発表している。これらには、中銀デジタル通貨の研究をしていることを政府にアピールする、いわば証拠づくりの狙いもあるように思われる。

日本銀行は中銀デジタル通貨の発行に引き続き慎重なスタンスであろう。しかし、発行の最終的な決定の権限は政府にあることから、政府内、与党内、国会で中銀デジタル通貨発行の議論が高まれば、いずれは発行が避けられなくなる、との危機感も持っているはずだ。

デジタル人民元への強い警戒が背景に

与党内では、経済安全保障(安全保障を目的として経済力を駆使する外交戦術)の観点から、中国が発行の準備を進めている中銀デジタル通貨「デジタル人民元」への警戒感が非常に強い。例えばデジタル人民元の利用が日本国内で広まれば、買い物履歴などの日本の個人データが中国に移転され、それが日本経済の中国経済に対する競争力を損ねること、あるいは安全保障上重要な情報が中国に漏れること、等が警戒されている。

しかし、デジタル人民元を利用する日本人が、果たしてどれほどいるだろうか。人民元建ての買い物は日本では不便であり、利用のメリットはないのではないか。デジタル人民元ではなく、アリペイやウィーチャットペイのプラットフォームが日本でも円建てで利用可能となる場合にこそ、上記のような心配をすべきだろう。

また、デジタル人民元がドルの覇権を揺るがし、それが安全保障上の米国の優位をも揺るがすことを警戒する議論も、与党内にある。確かに、人民元の国際化を進め、米国の安全保障上の優位を支える米国の通貨・金融覇権に挑戦することが、デジタル人民元の大きな狙いの一つであると考えられる。

日本の中銀デジタル通貨はデジタル人民元への対抗にはならない

しかし、日本が中銀デジタル通貨を発行しても、それは海外ではほぼ使われることはなく、デジタル人民元への対抗とはなり得ない。米国が自ら中銀デジタル通貨を発行する、あるいはリブラなど民間デジタル通貨で国際的に利用されるデジタルドルを広めなければ、デジタル人民元には対抗できないだろう。しかし、現時点では、米国政府は中銀デジタル通貨の発行には明らかに否定的である。

遠い将来には、中国のデジタル人民元とドル、ユーロ、ポンド、円など主要国通貨のバスケットによる中銀デジタル通貨が、プラットフォームの標準化争いと通貨覇権争いを繰り広げる構図となる可能性もあるのではないか。その際には、まず主要各国が、規格を揃えながら中銀デジタル通貨を発行する必要があるだろう。しかし、それは近い将来のことではない。

キャッシュレス化推進のチャンスか

中銀デジタル通貨の検討や発行は、世界中で高まっている感はある。しかし、それを発行する場合の狙い、目的は実は様々である(コラム「中銀デジタル通貨の発行には各国に様々な狙い」、2020年1月24日)。仮に、日本で中銀デジタル通貨を発行する場合には、その最大の狙いとなるは、経済の効率性向上に寄与するキャッシュレス化の推進だろう。

民間企業が提供するスマートフォン決済ではなく、信用力の高い中銀デジタル通貨によるスマートフォン決済手段などが提供されることで、その利用が大きく増加する可能性がある。新型コロナウイルス問題で、現金利用に関する衛生上の問題を多くの人が意識する今は、他国に遅れているキャッシュレス化を推進するチャンスでもある。

政府と日本銀行は目的と課題を整理する必要

単に、デジタル人民元発行への漠然とした不安に基づくのではなく、どのような目的で中銀デジタル通貨の発行を検討するのかについて、政府は議論をしっかりと整理する必要があるだろう。

他方、かつては主要国の中で中銀デジタル通貨の発行に最も近いとされたスウェーデン中銀(リクスバンク)が、何年もその枠組みを慎重に検討し続けていることからも明らかなように、中銀デジタル通貨の発行には、技術面、法的な側面などで様々な課題がある。

日本銀行は、できない言い訳を並べる形ではなく、中銀デジタル通貨発行に向けた多方面での課題や問題点を今後もしっかりと提示していくことが望まれる。さらに、中銀デジタル通貨ではなく、官民が連携した半官半民のデジタル通貨のスキームも、選択肢に入れるべきだろう。

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