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大統領選挙への関心が高まらない米株式市場

2020/08/03

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一般には株式市場は民主党政権を嫌うが

11月3日の米国大統領選挙まで、残り100日を切った。過去の大統領選挙の年であれば、金融市場、特に株式市場は大統領選挙の話題で持ちきりとなる時期であるはずだが、今回はそうはなっていない。新型コロナウイルス問題などに株式市場の関心が奪われている面があることに加えて、仮に政権交代があっても経済政策の激変はない、との観測や、政権交代によるマイナス面とプラス面は概ね拮抗する、との漠然とした見方が背景にあるのではないか。

一般的には、民主党政権が成立すると反企業、反富裕者的な政策がとられやすいことから、株式市場は民主党政権を嫌う傾向が強い。民主党の大統領候補となることが確実であるバイデン氏が、世論調査ではトランプ大統領選を明確にリードしている現状は、本来ならば株式市場が気を揉む局面だ。

かなり左寄りのウォーレン氏が民主党の大統領候補者選びで優勢と見られた局面では、株式市場も警戒していた。しかし、ウォーレン氏が民主党の大統領候補者選びから脱落し、また、同じくかなり左派色の強いサンダース氏も脱落して、中道左派のバイデン氏が民主党の大統領候補となることが確実になった時点で、株式市場の懸念も大きく後退した。それと同時に、選挙への関心も薄れていった感がある。

政権交代による最大の変化は地球温暖化対策

仮にバイデン政権が成立する場合、最も大きく政策が変わるのは、環境政策である。バイデン氏は7月14日に、地球温暖化対策とインフラ投資に4年間で2兆ドルを投じる政策案を発表した。2035年までに電力部門からの温室効果ガス排出量をゼロに抑えるほか、交通網などインフラの刷新、電気自動車の普及促進などを掲げている。

一方バイデン氏は、自らのクリーンエネルギーや省エネの促進等の施策は、米国の国際競争力を強化し、むしろ雇用創出につながると強調する。地球温暖化対策は米国企業に大きなコストをもたらし、企業の国際競争力を削いでしまう、というトランプ大統領の主張への反論だ。地球温暖化対策は進めるが、それは反企業的な政策ではなく、企業、雇用、経済にプラスの政策であることを強調しているのである。

バイデン氏の地球温暖化対策は、トランプ大統領が支援しているシェール産業などのエネルギー産業には逆風となることは確かであり、また幅広い企業にとって短期的にはコスト増加となる面もある。しかし、省エネ関連企業には明らかに追い風であり、例えば、次世代パワー半導体採用による省エネ性能の飛躍的な向上期待があるテスラの株価は、バイデン政権成立への期待から既に大きく値を上げている。

保護主義は修正され国際協調路線へ回帰か

貿易政策については、バイデン氏はトランプ政権の追加関税を強く批判する一方、環太平洋経済連携協定(TPP)復帰に意欲を示している。本来、自由貿易を強く支持する共和党政権下でトランプ大統領が保護主義傾向を強めたことから、民主党のバイデン政権の成立は、皮肉にも自由貿易政策への回帰を米国にもたらすことになるだろう。

さらに、バイデン政権のもとで保護主義政策が修正されることは、日本や欧州諸国も含めて他国との関係改善につながり、米企業の対外的な活動にとっては順風となろう。先に述べた地球温暖化対策でも、バイデン氏は、トランプ政権が脱退を決めた地球温暖化対策の国際枠組みである「パリ協定」に復帰し、環境問題で世界をリードするとしている。

バイデン政権のもとでも中国との対立は続く見通しであるが、貿易面での対立は緩和されるだろう。また、地球温暖化対策の分野では協調が見られるかもしれない。他方、日本や欧州諸国との間では、安全保障も含めて協調体制の再構築が図られるのではないか。

バイデン氏は、自身の政権が反企業的な政策をとることを警戒する企業や株式市場の懸念を緩和することに腐心しているようにも見える。7月9日に打ち出した財政政策では、米国の製造業の復活に向けて連邦政府が米国製品の購入に4,000億ドルを投入することや、5G(次世代通信規格)やAIへの研究開発にも3,000億ドルを投資する考えを明らかにしている。

左派色の強い政策は封じ込められるか

他方でバイデン氏は、既に見た地球温暖化対策に加えて、富裕者増税、法人税率引き上げや公的医療保険の拡充など、左寄りの経済政策を掲げていることは確かである。育児・介護支援策は「資産家の不動産取引に課税する」との発言もあった。

しかし、法人税率の引き上げ幅は、比較的穏やかなものにとどまっている。バイデン氏は、法人税率を28%とする考えを示しているが、これは、トランプ政権以前の35%と現在の21%とのちょうど中間だ。つまり、トランプ政権が引き下げた分の半分を戻す考えなのである。また、個人所得税の最高税率は、クリントン政権下と同じ39.6%に引き上げることを提案している。ただしこの水準は、民主党内の左派が望む水準にはるかに及ばない。

バイデン政権が成立しても、当面の経済政策はコロナ対策に充てられそうだ。また、トランプ政権がコロナ対策に巨額の財政資金を投入したことで、財政環境は急速に悪化してしまった。その結果、景気情勢に悪影響を与える富裕者増税、法人税率引き上げや財政を一段と悪化させる公的医療保険の拡充などの伝統的な民主党の経済政策が封じ込められる、との観測が、株式市場ではむしろ安心感につながっている面もあるだろう。

FRBへの介入はなくなり金融市場の安定にプラス

バイデン氏の経済政策で、未だ明らかでないのは、IT企業への政策と金融行政である。民主党内ではウォーレン氏が、GAFAとも呼ばれる大手IT企業の市場の独占・寡占が消費者に不利益をもたらしているとして、フェイスブックなどの分割・解体を主張している。また、リーマンショック後の銀行救済に対する国民の強い批判を受けて、オバマ前民主党政権の下では、銀行規制が強化された。それはトランプ政権の下で緩和されたが、バイデン政権が成立すれば、再び規制強化に動くとの見方もある。

ただし、IT企業への対応については、バイデン氏はそれほど強硬ではないと見られる。また、リーマンショック後とは異なり、今や、銀行に対する強い批判は、国民からは聞かれなくなった。そのため、バイデン政権の下で、銀行規制が著しく強化されることもないだろう。

他方、トランプ大統領は米連邦準備制度理事会(FRB)に対して露骨な介入を繰り返し、利下げを強く要求してきた。それは、トランプ大統領のドル安志向とも深く関わっていたのである。

バイデン氏が大統領になれば、このようなFRBに対する露骨な利下げ要求はしないはずだ。これは利鞘の面から、銀行の収益環境に追い風である。また、トランプ大統領のFRBへの介入は、中央銀行の独立性を低下させることで通貨価値の安定、また金融市場の安定を損ねている。この点が解消されれば、株式市場にとっても好材料である。さらに、ドル安志向の転換は海外からの資金流入を促し、株式市場の安定にもつながるという面もある。

プラス要素とマイナス要素が拮抗

バイデン政権が成立すれば、一定程度は民主党的な経済政策は採用されるだろうが、それは極端なものとはなりにくい。他方、国際協調路線の回帰や金融市場全体への安定効果を通じて、株式市場への追い風の側面も多くある。トランプ大統領のように予想もつかない政策を突如打ち出す可能性も低下することも、株式市場にとってはリスクの低下につながるだろう。

このように、プラス要素とマイナス要素とが拮抗する形となるため、株式市場など金融市場は、米大統領選挙の行方を今のところ静観できているのだろう。

ところで目先の市場の注目点に、バイデン氏の副大統領候補の指名がある。バイデン氏は8月第1週に、それを公表する考えを明らかにしている。3月には女性の指名を公言していた。さらに、黒人差別問題への国民の関心の高まりを味方につける戦略をとり、黒人女性を指名する可能性が高まっている。

そのため、可能性は低いと見られるが、仮に左派色の強いウォーレン氏が副大統領候補に指名される場合には、バイデン氏の政策がより左寄りになるとの見方から、株式市場が警戒する可能性がある。

大統領選挙の結果が直ぐに決まらないリスクに注意

もう一つの注目点は、大統領選挙後の混乱の可能性だ。感染リスクへの対応から、郵送による不在者投票がかなり増える見通しだが、それは開票作業が煩雑になることで、予備選挙では選挙結果の確定を遅らせた。

さらにトランプ大統領は郵送による投票には不正が入り込む余地が大きい、という点を指摘している。そのため、大統領選挙の延期の考えも示唆している。延期自体は法的には難しいが、バイデン氏の勝利で大統領選挙が終わっても、不正を理由にトランプ大統領がその結果を受入れない可能性があるのではないか。その場合には、2000年にブッシュ氏とゴア氏が競った大統領選挙で、結果が確定するまでに1か月ほどの時間がかかったことと同様の混乱が再現されかねない。

大統領選挙が近づく中では、「政権交代への懸念」よりも「政権交代が円滑になされないことへの懸念」を、株式市場はより強めていく可能性がある。

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