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デフレ克服という政策目標の危うさ

2020/08/20

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物価上昇率の上振れは一巡へ

8月21日に総務省は、7月分の消費者物価統計を発表する。生鮮食品を除く総合指数いわゆるコアCPIは、4月、5月に前年同月比-0.2%とマイナスに転じた後、6月には同0.0%とやや戻している。東京都区部の7月分消費者物価統計(中旬速報)に基づくと、7月全国コアCPIは前年同月比でさらに改善しそうだ。

米国、英国、中国など海外でも、物価上昇率が予想比でやや上振れる動きが見られ始めている。それらは、コロナショック発生直後に広がった、グローバル・デフレ懸念を緩和させるものとなっている。

コロナショックを受けて4月に大幅に下落したエネルギー関連費を中心に、交通費、通信費、光熱・水道などが持ち直してきたことが、物価上昇率を一時的に押し上げている側面が強いとみられる。しかし、それはごく短期的な現象であり、早晩一巡するだろう。

3年程度は基調的な消費者物価上昇率は小幅マイナスか

他方で、コロナショックによる経済の悪化、需給ギャップの悪化の影響が本格的に物価上昇率に下落圧力として表面化するのは、まさにこれからだろう。需給ギャップの悪化が物価上昇率を押し下げるまでには、半年から1年の時間を要するのが普通だ。リーマンショック後も、半年程度は物価上昇率は安定を維持していた。

やや長い目で見れば、物価上昇率はこの需給ギャップの変化で決まる部分が大きい。コロナショックによって大きく落ち込んだ実質GDPが、マイナス成長が始まる前の2019年7-9月期の水準を取り戻すのは、2024年10-12月期と、5年程度の時間を要すると予想される。

その間に、需給ギャップ((潜在実質GDP-実際の実質GDP)÷実際の実質GDP)は年平均で4.5%低下し、それが物価上昇率を年平均1.1%低下させる、と試算される。その結果、向こう3年程度は基調的な消費者物価上昇率は、小幅なマイナスを続けると見込まれる。

小幅な物価下落と「真正デフレ」は違う

ところで、筆者が最も警戒するのは、消費者物価上昇率がこうして再び下落することではなく、それを受けて、「デフレ克服」を目標に掲げた過度に積極的な財政・金融政策が実施されることだ。

1%にも満たないほどの小幅な下落を、深刻なデフレリスクと捉えるべきではないだろう。消費者物価統計の歪み(家賃など)を考慮すれば、これは、「0%近傍で物価は安定している状態」と捉えるのが妥当だ。物価の下落と実質GDPの下落とがスパイラル的に進行し、経済に大きな打撃を与える「真正デフレ」は、主要国では1930年代の世界恐慌以来生じていないのである。

国債発行で賄う財政拡張策は中長期の物価上昇率を下振れさせる可能性

日本銀行が国債を大量に買入れ、そのもとで政府が、金利上昇リスクが小さいと判断して「デフレ克服」のために国債発行で賄う形で財政拡張策を行う。それは将来の需要を前借し、また世代の負担を増やすことになることから、企業は国内の中長期的な成長期待を低下させ、設備投資の拡大、雇用増加や賃金の引き上げにもより慎重になってしまう。

そして、賃金上昇率の低下は、中長期の物価上昇率のトレンドを下振れさせる。デフレ対策として国債発行で賄われる財政拡張策を実施すれば、中長期的にみれば、当初の狙いとは全く逆の結果を生んでしまうのである。

コロナショックを機会に大幅な政策転換を

ただし、国債発行で賄われる財政拡張策がもたらす、より深刻な問題は、中長期的な成長期待の低下を受けて、企業が設備投資により慎重となり、これが労働生産性上昇率の低下を招いてしまうことだ。労働生産性上昇率の低下は、先行きの実質賃金の上昇率の期待を低下させ、国民の間で将来の不安を高めることになる。

現政権は、「デフレ克服」を優先目標に掲げ、積極的な金融緩和策と財政政策を通じて需要刺激を図ってきた。しかしそうした政策は、潜在成長率、生産性上昇率の低下を促す結果となり、国民の先行きの生活への不安をむしろ高めてしまった面がなかっただろうか。

コロナショックを機会に、政権の経済政策は、需要刺激から、日本経済の効率を高め労働生産性上昇率を高める政策へと、大きく舵を切ることが重要だ(コラム「歴史的長期政権はコロナショックを機に経済政策の大幅転換を」、2020年8月19日)。それこそが、国民の福利向上につながる道である。

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