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ウォールストリートとメインストリートの乖離と米国社会の格差拡大

2020/08/28

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過去のショックと比べても異例な株価の回復

日経平均株価は、新型コロナウイルス問題を受けて3月に急落した分を、足もとでほぼ取り戻してきている。今後の新型コロナウイルスの感染や経済動向について不確実性が極めて高いことを踏まえると、この短期間での株価の復調ぶりには違和感もある。ただしこれは、日本独自の要因によるものではなく、米国での株価上昇の影響によるところが大きいと考えるのが自然だろう。

S&P500種株価指数やナスダック総合指数は、コロナショック前の水準を早期に取り戻したばかりか、足もとでは史上最高値の更新を続けている。ナスダック総合指数は、年初からの上昇率が約30%にも達している。

2008年のリーマンショック後には、S&P500種株価指数がそれ以前の最高値水準に戻るまでに5年以上かかった。2000年のドットコム・バブル崩壊後には、株価が最高値水準に戻るまでに7年以上かかった。それと比べると、コロナショックから半年に満たない時期に最高値を更新している株式市場の動きには、驚かされる。

巣ごもり消費の恩恵を受けるIT企業がけん引役

しかし、銘柄間で株価のパフォーマンスには大きな差があり、すべての銘柄が経済ファンダメンタルズを無視して値を上げている、いわゆるバブル状態と単純に考えることはできない。

例えば、コロナショックの打撃を大きく受けた小売業、観光業、エネルギー関連などの株価は低迷を続けている。銀行株も同様である。他方で、非常に堅調であるのがハイテク株だ。大手IT企業のマイクロソフト 、アップル、アマゾン・ドット・コム、アルファベット、 フェイスブックの株式時価総額は、合計でS&P500種指数の約20%を占めている。

コロナ問題下で国民の多くが「巣ごもり消費」の傾向を強め、ソーシャルメディアに使う時間を増やしたり、外出ではなくインターネットで必需品を購入したりするなか、こうしたIT企業は大きな恩恵を受けてきた。リモートワークの広がりも追い風である。この点から、IT企業が米国株の復調を主導したことは疑いがない。

財政・金融政策の積極対応も株価を支えた

他方、米連邦準備制度理事会(FRB)による積極的な対応、米国政府による巨額な財政出動が株価の早期の戻りを助けたとの指摘は多く、それもまた疑いのないところでもあろう。

日本や欧州の金融政策対応との比較で見ても、政策金利を一気に0%近傍まで引下げるなど、FRBの積極的な対応は突出している。それが可能であったのは、金融緩和の正常化を一定程度進めていたからである。

ただし、こうした積極的な対応が株価を支える一方で、社債や証券化商品などを中心に、将来の危機につながるような金融市場の歪みを高めた可能性もあり、その政策の是非に評価を下すのは未だ早いだろう。

集中が進む米国個人の株式保有

このようなファンダメンタルズの要因に加えて、米国の個人投資家の積極的な投資姿勢、という需給要因で株高を説明する向きも多い。米国の個人投資家は、ETFを通じて、多くの金融商品に積極的に資金を振り向ける傾向が強い。株式ETFだけではなく、最近の原油先物ETFや金ETFにも、米国個人投資家の影響力の大きさはうかがい知れるところであった。

ただし、個人投資家の積極的な投資姿勢が、株高を牽引している面があるとしても、それは大多数の米国国民ではなく一部によるものだ。株価上昇の恩恵を受けるのも、一部の国民である。

日本と比べれば、株式に投資する個人の割合は米国では高いものの、その比率は低下傾向にある。株式を直接、あるいは投信などを通して保有する米国人の比率は、ギャラップ社の4月の最新調査によると約55%と、2002年の67%の史上最高水準からかなり低下している。

さらに、株式保有金額は、人口のわずかな層への集中度が高まっているのである。FRBの統計によると、今年1-3月期には上位10%の富裕層が、発行済み株式総数の87%を保有している。その比率は2009年の82.4%から、ここ10年で上昇している。そのため、足もとの株価上昇で大きな恩恵を受けている個人の割合は、比較的限られていると言えるだろう。

株高は米国の格差問題をクローズアップさせる

他方で、多くの国民は、コロナショックによって失職し、また所得環境が悪化している。ウォールストリート(株式市場、金融業)で起こっていることと、メインストリート(一般社会、一般企業)で起こっていることの間に、大きな乖離が生じているのである。そしてこの乖離は、国民の間での所得・資産格差を拡大させている。

株高傾向が続くほど、ウォールストリートとメインストリートとの乖離はより広がり、国民の間では経済格差に対する意識が一層高まることになるだろう。これが黒人差別問題と結びつけば、大統領選挙での争点にも浮上してくる可能性もある。

さらに、金融政策が株価上昇を通じて格差を助長しているとして、FRBに対する批判も高まってくることも考えられる。中央銀行は分配政策に関与すべきではなく、こうした批判は妥当ではないものの、FRBの今後の政策運営に一定程度制約要因となってくる可能性もあるだろう。

このように、コロナショック後の予想外に順調な米国株価の戻りは、決して良い面ばかりでなく、米国社会に根深くある格差問題を、よりクローズアップさせる触媒となる可能性もある点に注意しておきたい。

(参考資料)
"When the Stock Market and Economy Seem Disconnected", Wall Street Journal, August 24, 2020

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