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FRBの物価目標政策の方針見直しは妥当か

2020/08/28

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新機軸は打ち出せず金融政策の限界を露呈か

8月27日(米国時間)のジャクソンホール会合の講演でパウエルFRB(米連邦準備制度理事会)議長は、物価目標政策方針を修正する、金融政策の枠組み見直し策を発表した。主な内容は、中長期の平均で2%の物価上昇率の達成を目指し、景気低迷下で物価上昇率が2%を持続的に下回った後には、景気回復時には一定程度2%を上回る物価上昇率を容認する、というものだ。

これは事前に予想されていた通りの内容で、全く驚きはなかった。金融政策の枠組み見直しは、昨年からFRBの一大プロジェクトとして鳴り物入りで進められてきた。その割には、帰結はそれほど大きな変化ではないとの印象だ。「大山鳴動して鼠一匹」と表現すると言い過ぎだろうか。

議論は重ねたものの、もはや金融緩和効果を大きく高めるような新機軸は見いだせなかった、という金融政策の限界を図らずも露呈するものとなったのではないか。

FOMCの決定は予想外

唯一のサプライズは、同時に米連邦公開市場委員会(FOMC)が「長期目標と金融政策方針に関する声明」として、物価目標政策方針の修正を臨時に決定し、発表したことだ。

以前より歴代のFRB議長は、ジャクソンホール会合で先行きの金融政策の方針を示唆することがしばしばあった。今回も、ジャクソンホール会合でパウエル議長が物価目標政策方針の修正の概要を説明し、9月15・16日の次回FOMCで正式に決定、公表されるというのが大方の予想であった。

今回の臨時のFOMCの決定は、ジャクソンホール会合の場を非常に重視していることと、政策方針の決定に際して定例のFOMCの日程にこだわらない、というFRBの姿勢を反映していると言えるのではないか。

雇用の極大化についても方針修正

「長期目標と金融政策方針に関する声明」の中では、2%の物価目標を達成する政策方針の修正だけでなく、もうひとつのFRBの責務(マンデート)である、雇用の極大化(最大化)の達成に関しても、方針の修正がなされている。従来は「雇用の極大レベルからの乖離(deviations)」を踏まえて政策決定がなされるとしていたものが、「雇用の極大レベルからの不足分(shortfalls)」へと表現が改められた。これは、失業率の水準などから判断して、雇用が極大レベルを下回っている場合には金融緩和策、上回っている場合には金融引き締め策を行うという上下対称の政策姿勢から、雇用が極大レベルを下回っている場合に金融緩和を実施する政策をより重視する政策姿勢を示唆している。

2%の物価目標については、その水準が事実上の上限になっているとの市場の見方を変えるために、上下対称の目標であることを今回FRBは改めて強調したが、雇用の極大目標については、逆に上下対称でないことを強調したことになる。しかしいずれも、FRBの金融政策が緩和方向にバイアスがよりかかるものになるという点では、共通している。

日本銀行の政策方針には影響しない

今回の物価目標政策方針の修正の背景には、実際の物価上昇率が目標の2%に達しない状況が続く中、そして政策金利が0%以下まで下げられないというゼロ金利制約がある中で、予想物価上昇率(期待インフレ率)の下振れ傾向がさらに進めば、金融緩和策の効果は日本のように大きく失われてしまうというFRBの大きな懸念がある。

同様の懸念はECBも共有している。ECBも今回のFRBの物価目標政策方針の修正に倣って、同様の決定をする可能性があるだろう。

他方、日本においては、物価目標の水準と実際の物価上昇率あるいは予想物価上昇率との乖離があまりにも大きく、こうした物価目標政策の方針に関する文言の修正だけでは、如何ともしがたい状況にある。また、物価目標の2%を上回るまでマネタリーベースの増加を続けるという「オーバーシュート型コミットメント」という似た考え方の枠組を既に導入していることもあることから、日本銀行がFRBの方針修正に追随することはないだろう。

特定の物価目標水準に強くこだわらない姿勢が重要

予想物価上昇率を高めるために、金融緩和にバイアスがかかった政策を実施する、この「ビハインドザカーブ」の政策方針は、金融市場に行き過ぎを作り出し、いずれ金融システムを不安定化させてしまうという大きなリスクを抱えている(コラム「FRBの政策枠組み修正は物価目標の達成を本当に助けるのか」、2020年8月11日)。

FRBは物価安定と雇用の極大化というデュアルマンデート(二重責務)に加えて、金融システムの安定維持という重要な責務もまた負っているのである。物価目標ばかりに目を奪われていると、金融市場の混乱や金融システムの脆弱性を高めることにつながりかねない。

この点を踏まえれば、今回のように物価目標の達成を目指すための方策を考えるよりも、特定の物価目標の水準に強くこだわらずに、金融システムの安定にも配慮した、より柔軟な物価目標政策の方針修正を、本来は議論すべきではなかったか。

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