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物価上昇率の下振れで日本化を警戒するECBと各中銀のデフレ対策

2020/09/08

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ECB理事会に注目が移る

9月15日、16日の米連邦公開市場委員会(FOMC)で、金融政策の枠組み修正としての物価目標政策の見直しが決定される、との大方の様相を覆し、8月27日のジャクソンホールでのパウエル米連邦準備制度理事会(FRB)議長の講演に合わせて、同日にFOMCは臨時にその決定を行った。そこで金融市場の関心事は、9月9日、10日の欧州中央銀行(ECB)理事会での政策決定へと向けられている。

8月20日に公表されたECBの7月理事会の議事要旨によれば、コロナショックを受けて導入されたパンデミック緊急購入プログラム(PEPP)の1兆3,500億ユーロの目標額について、「買い取り枠を目標でなく、上限と見なすべきであると議論された」、「今後入手される経済指標が上振れ、見通しを巡る下方リスクが一部後退すれば、買い取り枠全額を利用する必要がない可能性がある、との見解が出された」とされる。

他方で議事録は、「基本シナリオの下、PEPPの買い取り枠を全額利用するというのが現時点での見通しだ」として、これが小数意見であることを明示している。

ECBも「日本化」を警戒

ECB内では、このように追加緩和に慎重な意見がある一方、前向きな見解もあり、内部で意見が大きく分かれているとみられる。後者を代表しているのが、ジャクソンホールでのレーンECB専務理事兼主任エコノミストの発言だ。それは、「ECBはインフレ目標達成の遅延をこれ以上は容認できないため、ECBには必要に応じてすべての政策措置を調整する用意がある」というものだ。

欧州地域の足もとの経済情勢については、概ね想定通りであることから、その観点からは、ECBの金融政策はしばらく様子見が可能な状況である。しかし、むしろ注目は物価動向である。

物価上昇率あるいは予想物価上昇率(期待インフレ率)が下振れることで、金融緩和効果も低下してしまう、いわゆる「日本化」をECBは警戒しているのである。FRBが2%の物価目標を平均で達成を目指す目標と位置付け、物価上昇率が目標から下振れた後には、一定期間は上振れを容認する、との方針を示した背景も同様である。

ユーロ圏の8月消費者物価は大幅に下振れ

レーン専務理事の懸念をまさに現実のものとなってしまったのが、9月1日に発表されたユーロ圏の8月消費者物価上昇率だ。前年同月比上昇率は-0.4%と4年ぶりに下落に転じた。前月は同+0.4%だった。

8月の物価上昇率は予想外に下振れた背景には、原油価格の下落やドイツでのVAT(付加価値税)引き下げの影響がある。しかし、そうした一時的な要因だけでなく、消費需要の弱さを反映している面もある。エネルギー、食料、たばこを除くコアの消費者物価は、前年同月比+0.4%とプラスの水準にとどまったものの、前月の+1.2%から大きく下振れた。

さらに足もとでは、対ドルでのユーロ高が進んでおり、今後輸入物価の下落を通じて追加の物価下落圧力となっていく。

PEPPの拡大が検討されるか

物価上昇率の下振れを受けて、ECBはデフレリスクへの対応を9月9日、10日の次回理事会で議論することになろう。FRBに倣って、予想物価上昇率(期待インフレ率)の引き上げを狙って、物価目標政策の修正も議論されるのではないか。ただし、その具体的な設計には未だ議論が必要であろう。また、このタイミングで物価目標政策の修正を発表すれば、いかにもFRBの後追いとなってしまう。

さらに、FRBの物価目標政策の修正への期待でドル安が進んできた面があるため、ECBが同様の政策を打ち出せば、ユーロ高阻止を狙った措置とも受け止められ、FRBとの間で通貨安競争が意識される恐れもあるだろう。

次回理事会ではECBは政策変更を見送るとの観測が優勢だ。しかし、次回以降、比較的近い将来に追加緩和を実施する可能性は出てきたのではないか。その場合の手段としては、PEPPの1兆3,500億ユーロの目標額を引き上げ、併せて実施時期を2020年6月から延長すること、が有力なのではないか。

他方、政策金利の引き下げなどの措置は、多数の賛成を得られないだろう。

日本銀行は追加のデフレ対策を実施しない

一方で、日本銀行は、コロナショックを受けて既に物価上昇率の下振れ予想を打ち出している。また、物価目標達成のモメンタムは一旦失われたとして、物価目標の達成と金融政策を一時的に切り離す方針を示している。そのため、日本銀行は、デフレ対策として追加緩和を実施する可能性は、今は低いだろう。そもそも、先行する日本は、欧米のように「日本化」を警戒する必要はないのである。

そして、新政権もデフレ克服のためとして、追加的な措置を日本銀行に強く要求することはないだろう(コラム「安倍首相辞任で金融政策は変わるか」、2020年8月31日)。

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