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トランプ政権4年間の経済環境と政策を振り返る

2020/10/19

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トランプ政権下での経済環境の改善はコロナショックで帳消しに

トランプ米大統領の4年間にわたる任期が、いよいよ最終局面を迎えている。米国の経済環境に注目した場合、その4年間はコロナショック前とコロナショック後の2つの時期に大きく分けられるだろう。コロナショック前の経済環境は比較的良好であり、失業率は歴史的水準まで低下したが、コロナショックによってそうした改善分は一気に帳消しとなってしまった。日本でも、過去最長を記録した安倍前政権の下での実質GDPの増加分の大半が、コロナショックで一気に失われてしまうなど、どこの国でも同様のことが生じている。

コロナショックという予見できないイベントで急激に悪化してしまった現在の経済環境のみから、4年間のトランプ大統領の経済政策手腕を総括し、評価することは、当然ながら適切ではない。来る大統領選挙では、米国の有権者は、コロナショック以前のトランプ大統領の経済政策、経済環境も踏まえて、投票を決めるだろう。

そこで以下では、4年にわたるトランプ政権下での経済政策、経済環境を振り返り、また、当初トランプ大統領が掲げていた目標と実績との比較についても、簡単にしてみたい。

約束したほどの高い成長率は実現せず

オバマ前政権下での景気拡大期には、実質GDP成長率は平均で年率2.25%だった。これに対して、トランプ政権の最初の3年間は、年率2.5%とわずかに高まった。

リーマンショック後の2009年春から始まった景気の回復は、歴史的に見てもかなり緩やかなペースにとどまったが、トランプ大統領はそれを変えると宣言したのである。2017年のトランプ政権による最初の予算教書では、経済政策によって2020年には経済成長率が3%にまで上昇し、その後もその水準が持続するとの見通しが示された。トランプ大統領自身は、さらに高成長になると繰り返し発言していた。しかし実際には、そこまでの高い成長は実現しなかった。

失業率の低下は供給側要因によっても

トランプ大統領就任時の失業率は、4.5%と既にかなり低めの水準にあった。それが、2019年末には3.5%まで低下した。

しかしこの失業率の低下は、労働の供給側の要因によって引き起こされた面も小さくない。出生率低下とベビーブーマー(団塊世代)の引退が、労働人口の増加を抑える要因となったのである。

他方で、雇用者の増加は、トランプ政権発足後3年間の平均で年間220万人と、オバマ前政権2期目の平均で年間260万人を下回っている。

大型減税は一時的に需要を刺激

コロナショック前でも、トランプ大統領が約束した程には強い経済とはならなかったが、それでも良好な経済環境が続いた背景には、世界経済の長期回復の追い風があった。

さらに、米国内ではトランプ大統領が2017年に実施した大型法人減税策は、民間企業の投資や労働者の生産性向上を促し、米経済を長期的に高い成長軌道に乗せることが狙いだった。その目的は達したとは言えないが、少なくとも一時的には需要押し上げに寄与したことは確かである。

しかし、2018年に始まった米中貿易戦争、そのもとで実施された数次にわたる追加関税の引き上げは、減税で浮上した米国経済の勢いを再び削ぐことになってしまった。

白人ブルーカラーの所得環境は顕著に改善せず

トランプ大統領が仕掛けた対中貿易戦争の背景には、中国やメキシコなど低賃金労働が生み出す製品との競争によって打撃を受けた米国の伝統的製造業とそこで働く白人ブルーカラー(労働者階級)を救う、という狙いがあった。そうした方針こそが、2016年にトランプ氏が大統領選挙を制する大きな原動力となったのである。

しかし、トランプ政権下で、こうした構想が実現することはなかった。米製造業では1979~2009年、同セクターの労働者の半数以上に相当する800万人の雇用が失われた。その後、製造業の雇用は2010年に緩やかに増加し始め、トランプ政権下ではさらに増えた。

それでもグローバル化の強い圧力の下で、製造業で働く労働者の所得環境は、景気拡大期においても顕著に改善することはなかった。米労働省によると、過去2年間におけるサービス業の平均時給額は製造業を上回った。これは、統計を取り始めてから初めてのことだという。

金融政策への介入とそのリスク

政府が独立した組織である中央銀行に露骨に介入したことも、トランプ政権の大きな特徴であり、また歴史に残るイベントだろう。トランプ大統領は、米連邦準備制度理事会(FRB)の前イエレン議長の政策運営に不満を持ち、再任せずに現在のパウエル議長を2018年に指名した。しかし、そのパウエル議長に対しても大幅な金融緩和の実施を要請し、圧力を強めていったのである。

トランプ大統領がFRBに対して金融緩和を求めた背景には、景気刺激に加えてドル安誘導の狙いがあったと見られる。しかし、事実上の基軸通貨国である米国が自ら自国通貨の減価を狙うことは、世界の金融市場を不安定化させかねない、リスクの高い政策姿勢であった。

財政拡張策で「双子の赤字」が急速に拡大

トランプ政権の大型減税や、軍事費を中心とする財政支出の増加は、米国経済に大きなひずみを生み出してしまった。それが「双子の赤字」の拡大である。連邦政府債務は、トランプ政権下で既に5兆6,000億ドル増えている。このペースでいくと、2022年末にはオバマ政権の8年間に増えた額を、6年間で上回る見通しだ。

トランプ大統領は最初の予算教書で、経済成長の加速と財政抑制策を組み合わせれば、財政バランスを取り戻し、連邦債務を圧縮できると説明していた。ところが景気拡大が長期化しても、財政赤字は拡大し、政府債務はGDP比で上昇する一方だったのである。

残されたトランプ政権の「負の遺産」

さらに、歴史的に低い失業率に表れているように、米国経済が供給制約に直面する中での財政拡張策は、輸入品が国内需要を満たす形で増加し、貿易赤字は、2016年の4,810億ドルから、2019年には5,770億ドルまで増加した。

コロナショック後は、「双子の赤字」は一段と膨らんでしまった。米国経済が比較的堅調なもとで実施した大型の財政拡張策は、コロナショックへの財政面での対応余地を制約してしまっているのである。

そして「双子の赤字」の拡大は、米国の財政運営に対する信認、ドルに対する信認を損ね、金融市場では悪い金利上昇、悪いドル安の潜在的なリスクを高めているのではないか。これは、世界経済にとっても大きな不安材料である。

このように、コロナショック前のトランプ政権の経済運営は、「双子の赤字」という経済の歪み、金融市場のリスクを高め、また、コロナショックに対する対応力を削いでしまっているという点で、大きな「負の遺産」と言えるのではないか。

トランプ大統領が大統領選挙で再選されれば彼自身が、敗れれば民主党のバイデン氏が、この「負の遺産」を引き継ぎ、その軽減に大きなエネルギーを割くことを強いられるだろう。

(参考資料)
"The Verdict on Trump’s Economic Stewardship, Before Covid and After", Wall Street Journal, October 16, 2020

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