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金融庁・検査と日本銀行・考査の見直し議論

2020/10/22

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検査と考査の一体的な運用を自民党が提言

自民党の金融調査会は、金融機関に対する金融庁の検査と日本銀行の考査の一体的な運用を促す提言を、月内にも政府に申し入れる予定だ。菅首相が重視する行政の縦割り打破の一環と位置付けるという。

日本銀行は行政機関ではないことや、金融庁と日本銀行は既に検査・考査の実施において相応に調整、協力を進めてきていることを踏まえれば、行政の縦割り打破の一環、二重行政の解消、との位置付けにはやや違和感も覚える。

しかし、金融機関が提出するデータを一本化するといった提言は、金融機関の負担を軽減する効果が期待できるなど、評価できる部分も少なくない。

金融庁の検査は、銀行法などの法律に基づくもので、金融庁は金融機関を法に従わせる権限を持っている。これに対して日本銀行の考査は、考査契約という民間契約に基づくものだ。民間銀行が取引先の経営状況を知るのと同様に、「最後の貸し手」である日本銀行が金融機関の経営状況を知り、必要に応じて流動性供給などの措置を講じる。またその情報を通じて金融システム全体の安定確保に努める。ちなみに、日本銀行は行政権限を持っていない。

このように、金融庁の検査と日本銀行の考査とは、それぞれ別の立場、別の観点から実施されるものだ。しかし、それらを受け入れる金融機関の側には以前から、同様なものが重複して実施され事務負担が大きい、との不満が強くある。

100年間の歴史を持つ日本銀行の考査

日本銀行の考査の歴史は実に長く、その始まりは第1次大戦後の不況と銀行の経営破たんが頻出した1920年頃、つまり100年前にまで遡る。ここで、その歴史を簡単に振り返ってみよう。

当時、大蔵省の検査は、検査員わずか数名のもと、対象先は千数百にも及んでいた。こうした手薄な検査体制が多くの金融機関の経営破たんを招いた、との批判が当時高まったのである。こうしたなか、1923年に関東大震災が起こった。大蔵省は、日本銀行が取引先金融機関に検査を行う意向があるか質したが、その時点で日本銀行は、検査の開始は日銀特融に結びつきやすいことを警戒して、それに否定的であったという。

しかしその後、金融情勢が一段と悪化したことを受けて、1926年の金融制度調査会の答申は、「私的組織である日本銀行が、民間金融機関に対して強制的に調査を行い、また情報開示を迫ることは、法制上不適切である。取引銀行との間では契約に基づいて調査すべき」との主旨を記している 。この答申を受けて、1928年から日本銀行は、取引先の金融機関に対する、個別契約に基づく考査を開始したのである。基本的には、その枠組みは現在までずっと続いている。

日本銀行の考査は政府(金融庁)の検査を補完するものであり、両者は協調して作業を進めるべき、という現在の政府の認識は、このような歴史的な経緯に端を発するものと理解できよう。

検査と考査の重複問題

しかしながら、日本銀行の長い考査の歴史の中では、それに対する否定的な見解も数多く示されてきた。その一つは、「最後の貸し手」も含めた広い意味でのプルーデンス政策は、金融政策とは相容れない部分がある、との主張であった。

そしてもう一つの否定的な意見が、かつての大蔵省、現在の金融庁による検査との重複という問題である。さらにこの論点は3つに分かれており、①複数の監督・検査当局が併存することは、社会的コストがかかる、ということに加えて、②その責任を曖昧にさせるという問題点、さらに③検査及び考査の対象となっている対象金融機関の負担増加という問題点、が指摘されている。

第3の点については、金融機関にとっては、検査と考査の双方を受けることは極めて大きな負担であり、その不満は絶えず表明されてきたところだ。またこうした不満の背景にあるのは、両者が極めて類似している点である。

検査は法令違反をチェックするのに対して、考査は、金融システムの安定(信用秩序の維持)というマクロ的視点に基づいて、個別金融機関の資金ポジションや経営状況などをチェックするものと、目的別あるいは概念的には両者は明確に区別されてはいるものの、対象となる金融機関にとっては、両検査の内容やその背景の差異をはっきり認識できないほど両者が極めて類似したものであり、それが業務上の負担感を増幅してきた。

ダブルチェックの利点

1998年の旧日本銀行法の改正が議論される過程でも、考査と検査の重複問題については、民間金融機関から意見が示された。しかしながら改正日本銀行法には、このような金融機関の主張は反映されず、考査には新たに法的根拠が与えられたうえで、その枠組みは従来通りに維持されることになったのである。

その背景には、実は、当時の金融環境が大きく影響しているように思われる。すなわち、当時は金融機関の経営不安が広がる中、検査と考査でダブルチェックすることが、金融システムの安定の観点から望ましいという主張が支持された。

また、大蔵省の権限を制限すべきであるという当時の一般的な風潮や、経営不安を起こし、一部でその救済に税金が投入された金融機関に対する批判的な風潮も、この議論に影響したのかもしれない。

データの一元化と共に自動化・デジタル化が重要

さて今回の議論に戻るが、自民党は、検査と考査の実施時期が重ならないように調整すべきだと主張しているが、この点は既に相当進められているのではないか。

他方、金融機関が金融庁と日本銀行に同じ情報をまとめて提出する共同プラットフォームの構築に向けた共同研究を呼びかけているのは評価できる。それが実現すれば、金融機関の事務負担は大きく軽減されるだろう。

さらに、データの一元化だけでなく、自動化・デジタル化を進めることで、事務負担のさらなる軽減を図ると共に、金融庁と日本銀行が迅速に銀行の財務データを入手でき、金融システムの安定確保に役立てることができるようにすることも、検討課題ではないか。将来的には、それを統一ストレステストに活用できるようにすることも検討すべきではないか。

業務重複解消の議論はなお残る

今回の自民党の提言には、金融庁の検査と日本銀行の考査を一本化することまでは含まれていない。金融庁と日本銀行がそれぞれ異なる役割と視点で同一の銀行をチェックすることで、より深い分析と二重チェックが可能となり、金融システムの安定により貢献できるという側面がある。

しかし日本銀行の考査の法的な位置づけに関する不透明性とともに検査との重複を踏まえると、100年続いてきた検査と考査の統一という形での制度見直しの余地は、将来的にはなお残されているのではないか。

そのうえで、金融庁はミクロ・プルーデンス政策、日本銀行はマクロ・プルーデンス政策により比重を移していく、という将来像も、検討に値するだろう。

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