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米企業・市場は消去法でバイデン政権を受け入れる

2020/10/29

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民主党政権への警戒を明確には見せない金融市場

11月3日の米大統領選挙に向けて、民主党のバイデン候補が、現職の共和党・トランプ大統領に対して優位の状況が続いている。しかし、そうしたもとでも、本来は、しばしば反企業的な政策をとる民主党政権の成立を警戒するはずの米国株式市場に、強い警戒心は明確に見られない。

それは、外交、通商、国際協調などの面で大きな混乱を引き起こし、不確実性が極めて高いトランプ大統領と比べ、あるいは民主党内の左派と比べて、穏健派のバイデン氏が消去法で評価されている、という側面を反映しているのではないか。

まず以下では、トランプ大統領とバイデン候補の各種政策をごく簡単に比較してみよう。

第1に、人権問題と治安対策については、トランプ大統領は、「法と秩序」を旗印に、各都市で犯罪を厳しく取り締まる姿勢を打ち出してきた。トランプ大統領はまた、20年近く休止していた連邦政府による死刑執行を再開させた。

他方でバイデン氏は、警察官による黒人への暴行事件を受けて、警察の不当行為に関する説明責任を自治体に負わせる権限を行使すると述べている。また、自身が大統領になった場合、公民権侵害で警察官を告訴しやすくしたり、首を押さえつける行為を禁じたりする法案の成立を司法長官が推進するだろう、とも述べている。

第2に、移民問題については、トランプ大統領は移民抑制に強く動いてきた。国境の壁建設や多くの国からの入国禁止を行った。また、幼少期に親と不法入国した若者の在留を認める制度(DACA)を廃止しようとした。

一方、バイデン氏は、自身が政権を握れば、トランプ政権が実施した移民政策の各種変更を取り消す考えを打ち出している。

米国第一主義か国際協調路線か

第3に、国際協定・合意については、トランプ大統領は地球温暖化対策をめぐる国際的な枠組み「パリ協定」、「環太平洋経済連携協定(TPP)」協議、「国連人権理事会」、「イラン核合意」等からの離脱を次々と決めた。最近では、世界保健機関(WTO)からの離脱も国連に通告している。これは、国際協調路線に背を向けた、米国第一主義の表れである。

バイデン氏は、トランプ大統領が離脱・脱退した国際協定・合意に復帰することを繰り返し明言している。これは、国際協調路線への回帰と言えるだろう。

第4に、貿易政策については、トランプ大統領は中国に対して、追加関税の引き上げを通じ、輸入拡大、補助金政策の見直し、国有企業改革などを強く迫った。今年1月には米中貿易協議の第1段階の合意に達したが、再選されればより包括的な合意を目指す姿勢だ。さらに中国のみならず、北米自由貿易協定(NAFTA)の改定、日本や欧州連合(EU)との貿易協議も実施してきた。

他方でバイデン氏は、TPP協議への復帰、トランプ大統領が引き上げた追加関税を元に戻す考え、などを示している。

第5に、対中政策については、トランプ大統領は、米中の国交正常化後40年のうちで、最も攻撃的な対中政策を実施してきた。他方、バイデン氏が大統領になれば、貿易面での両国間の対立は緩和される可能性がある。一方で、香港問題、ウイグル問題など、人権面からの中国への攻撃はより強まる可能性も考えられるところだ。米国の対中強硬路線は、大統領選挙結果に関わらず続く可能性が高い。

地球温暖化対策で両者には大きな違い

第6に、巨大IT企業(ビックテック)に対しては、双方ともに厳しい姿勢だ。再選されれば、トランプ大統領は引き続き規制強化の動きを強めるだろう。バイデン氏も、巨大IT企業の市場支配力を批判し、反トラスト法をめぐる監視強化やオンラインのプライバシー規制を支持する立場を表明している。ただし、民主内左派のウォーレン氏のように、巨大IT企業の分割までは主張していない。

第7に、環境・エネ政策については、トランプ大統領は、地球温暖化に関する科学文献に異議を唱え、地球温暖化対策は企業に過大な負担を強いることで、経済活動に悪影響を与えると主張してきた。

他方、バイデン氏は気候変動を差し迫った危機と捉え、過去の主要な大統領候補の中でも最も積極的な政策を提案している。具体的には、気候変動問題に対処するため発電所などのインフラに4年間で計2兆ドルを投資する計画だ。巨額投資による雇用創出を通じて、経済復興にもつなげることを目指す。さらに、税制優遇などで太陽光発電や風力発電などクリーンエネルギーへの設備投資を促し、発電網による排ガスを2035年までにゼロにすることも目指す。電気自動車など自動車産業に重点投資も行う。

バイデン氏の法人税率引き上げ案は企業のリスク

第8に、税制改正については、トランプ大統領は2017年に企業と個人を対象に大型減税、いわゆるトランプ減税を実施した。またトランプ大統領は、労使双方が負担する「給与税」の減免を主張している。同税は年1.2兆ドルの税収がある基幹税だ。さらに、キャピタルゲイン減税を検討する、と発言したこともある。

他方バイデン氏は、2017年のトランプ減税で35%から21%にまで引き下げられた法人税率を、28%に引き上げることを掲げている。さらに、1億ドル以上の利益を計上する企業に対するミニマム税を導入する考えだ。

米国PwCのアンケート調査(9月29日~10月5日実施)によれば、企業幹部が掲げた両候補の政策が企業経営に及ぼすリスクの認識について、回答率で最大となったのは、バイデン氏の法人税制政策、つまり法人税率引き上げであった。また、医療制度改革についても、オバマケアの更なる拡充を目指すバイデン氏の政策姿勢は、オバマケアの廃止を目指すトラン大統領の政策と比べて、企業にとってはより大きなリスクと認識されている。

これに対して、外交政策、貿易政策、対中政策、移民政策については、トランプ大統領の政策の方がより大きなリスクとの回答となった。米国第一主義の対外政策は、グローバルに活動する多くの米国企業にとって、逆風となっているのである。

歳出増加のプラス効果が増税のマイナス効果を上回る

バイデン氏の経済政策に対し、米国企業、米国金融市場が必ずしも強くは懸念していないのは、それが極端に左派色の強いものではないからだ。

国際協調路線に背を向けるトランプ大統領や、より積極的な増税策、規制強化を志向する共和党内の左派グループと比較すれば、バイデン氏の方がまだ良い、といういわば消去法で、バイデン氏が好意的に受け入れられている面があるだろう。

さらに、バイデン政権が成立した場合に実施される、環境関連のインフラ投資や医療保険制度改革などの歳出増加の効果が増税のマイナス効果を上回り、全体では景気浮揚効果を発揮する、との見方も比較的有力となっている。

左派色の強い政策に制約も

ただし、仮にバイデン政権が成立した場合に、米国企業の経営や米国金融市場に影響を与える経済政策運営については、なお不確実性は高い点には注意が必要だ。

コロナショックによる経済情勢の悪化を踏まえれば、景気を一段と悪化させかねない法人税率の引き上げ、富裕者増税の実施は簡単には実施できないだろう。他方で、コロナ対策のための歳出増加などで既に大幅に悪化してしまった財政環境を踏まえれば、歳出拡大も大きな制約を受ける可能性がある。

このように、どちらの候補が大統領選挙で勝利しても、当面はコロナ対策に追われるため、国内経済政策では大きな違いは生じない可能性もあるだろう。さらに、民主党が上院での過半数を得ることができない場合には、バイデン政権の下でも左派色の強い政策は進めにくくなるだろう。

勝利後にバイデン氏が左派色を強めるリスクも注視

米国企業、米国金融市場が最も警戒しているのは、大統領選挙に勝利した後に、バイデン氏の政策がサンダーズ氏やウォーレン氏に代表される共和党左派グループの協力を得るために、左傾化することだろう。

主要閣僚人事は、それを確認するための第一歩である。少数派ではあるが、一部には、左派のウォーレン氏が財務長官に指名されるとの観測もある。このように、仮にバイデン氏が選挙に勝利しても、その政策姿勢を見極めるまでには一定程度の時間が必要となる。米国企業や米国金融市場が、バイデン氏の勝利を無条件で歓迎する訳ではないのである。

(参考資料)
"Election 2020: How Trump and Biden Compare on the Key Issues", Wall Street, October 21, 2020
"Business on Biden: Not So Bad, Given the Alternatives", Wall Street, October 27, 2020

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