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廃業する中小企業には優良企業が少なくない

2020/11/04

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新陳代謝を促すことで中小企業の生産性を向上させる

日本経済の生産性を向上させるための一つの有力な施策は、大企業と比べて相対的に労働生産性が低い、中小企業の生産性を引き上げることだ。

さらにそれを実現するためには、大きく分けて2つの手段がある。存続している中小企業の生産性水準を引き上げることと、より生産性の高い企業の新規参入を増やし、より生産性の低い企業の退出を増やすこと、つまり新陳代謝を促すことだ。

他国と比べて、日本では企業の開業率、廃業率の比率が共に低く、新陳代謝の動きが弱いことが、日本企業の生産性が低い理由の一つ、と考えられてきた。

厚生労働省「雇用保険事業年報」によると、2018年度時点で開業率(当年度開業企業数÷前年度末の総企業数)は4.4%、廃業率(当年度廃業企業数÷前年度末の総企業数)は3.5%となっている。単純比較はできないが、中小企業庁「2020年中小企業白書」によると、これは英国、米国での企業の開業率13.6%(2017年)、10.3%(2016年)、英国、米国での企業の廃業率12.5%(2017年)、8.6%(2016年)と比べて著しく低い。

また、業種別に見ると、開業率、廃業率ともに「宿泊業、飲食サービス業」が最も高い。廃業率については、それに「生活関連サービス業、娯楽業」、「小売業」が続いている。驚くことに、廃業率上位の3業種は、新型コロナウイルス問題で最も大きな被害を受けた業種と重なる。現在、この3業種は廃業のリスクに大きく晒されていると言えるだろう。

廃業企業の労働生産性は存続企業の72%程度の水準

新陳代謝を促すことで、中小企業の平均値的な生産性を引き上げることを目指す際に、その考えの前提となっているのは、現在存在する「存続企業」と比べて、新規に参入する「開業企業」の労働生産性の水準は高く、一方、退出する「廃業企業」の生産性の水準は低い、ということである。それが事実であるか、検証してみよう。

中小企業庁「2020年中小企業白書」によると、2016年時点で、中央値(企業が生み出す付加価値額の順番に並べた際に、ちょうど真ん中にくる企業の労働生産性(付加価値額÷従業員数)の水準)は、存続企業が196.0万円であるのに対して、開業企業は195.2万円であった(図表1)。やや意外ではあるが、中央値で見ると、相対的に労働生産性が高い企業が新規参入する訳ではない。

他方、廃業企業の労働生産性の中央値は140.5万円と、存続企業の196.0万円の72%程度の水準にとどまっている。

(図表1)存続企業・開業企業・廃業企業の労働生産性(中央値)

廃業企業にも優良企業は少なくない

しかし廃業企業については、この中央値のみから、労働生産性が相対的に低い企業が競争力、収益性を失い退出を強いられている、と一様に判断するのは正しくないだろう。

例えば、廃業した企業の中で労働生産性の水準で上位25%を取り出してみると、その労働生産性は570.0万円と、存続企業の中央値196.0万円の実に3倍近くに達している(図表2)。また、中小企業全体の中で労働生産性が高い上位30%に含まれる企業が、廃業企業の中で25.3%と4分の1を占めている。

さらに廃業する前年度の当期純利益が黒字であった企業が61.4%、売上高利益率が2桁以上であった企業の比率が14.5%を占めている。

このように、廃業企業の中には生産性、収益性の面で優良な企業が一定程度含まれており、収益性の悪化、競争力の低下などが廃業の直接的な原因であったとは限らないことを示唆している。

(図表2)廃業企業の一定数は優良企業

退出企業数が増えることで中小企業全体の生産性上昇率が低下

中小企業の全要素生産性上昇率の変化についての研究成果(独立行政法人経済産業研究所「中小企業における生産性動学:中小企業信用リスク情報データベース(CRD)による実証分析」)を参照してみよう。ここでは、中小企業の全要素生産性上昇率を、既存の事業所内での生産性変化(事業所内)、事業者間でのシェアの変化による部分(事業所間)、参入(開業)、退出(廃業)の4つの要因に寄与度を分解し、それを3つの時期について示している(図表3)。

この分析によれば、より生産性の高い中小企業がシェアを拡大することで、中小企業全体の生産性上昇率を顕著に高めていることが確認できる。他方で、退出企業数が増えることで、中小企業全体の生産性上昇率が低下していることが示されているのである。

これは、(図表1)で示された結果とは異なるように見える。(図表1)は労働生産性の水準を計測したものであるのに対して、これは、全要素生産性上昇率を計測したもの、という違いがある。さらに、(図表1)は中央値を示しているのに対して、これは全体の傾向つまり平均値で示された結果である。

開業・廃業企業ともに、中央値と平均値で生産性に乖離

(図表2)でも示唆されたように、廃業企業の一定数は、高い生産性、高い収益性を持った優良企業である。それらが、比較的少数ではあるが大きな規模を持っている場合には、このように異なって見える結果を示すことになるだろう。即ち、廃業する中小企業のうち、低い生産性の小規模な企業が多数ある一方、高い生産性の比較的大きな規模の企業が多数とは言えないながらも存在し、それが全体の平均値を押し上げている、との解釈ができるのではないか。

他方で、参入企業についても、(図表1)では、既存企業と比べてわずかに労働生産性の水準が低い一方、この分析では、企業の参入が中小企業の全要素生産性上昇率を押し上げていることから、既存企業に比べて相応に生産性が高いことを示唆する結果となっている。

両者の違いについても廃業企業と同様に、高い生産性の比較的大きな規模の参入企業が多数とは言えないながらも存在し、それが全体の平均値を押し上げている、との解釈ができるだろう。

(図表3)中小企業の全要素生産性上昇率の要因分解

中小企業の新陳代謝を促す政策には注意を

優良で比較的規模の大きい中小企業が廃業を決めている背景には、高齢化や後継者不足の問題があるだろう。休廃業・解散企業の代表者年齢を調べてみると(東京商工リサーチ「2019年休廃業・解散企業動向調査」)、高年齢層に多く、またその傾向が年々強まっていることが分かる。2019年時点では、80歳以上の割合が16.9%、70歳代以上の割合が39.1%となっている。70歳代以上の割合が全体の半分を上回っているのである。

こうした事情を踏まえれば、中小企業の生産性向上を図るために、最低賃金の引き上げなどを通じて廃業を促す政策には、相応のリスクがあるといえる。それは、優良企業に退出を強いることで、生産性の平均水準を引き下げてしまうリスクもあるのだ(コラム「最低賃金引き上げによる経済活性化策、中小企業再編策に潜むリスク」、2020年10月2日)。

経営者の新陳代謝を促す

廃業を促すよりも、高齢化や後継者不足の問題から優良企業が廃業を決めざるを得なくなる事態を回避することが、中小企業の生産性向上策としてより重要度が高いのではないか。

さらに、独立行政法人経済産業研究所の「中小企業における生産性動学:中小企業信用リスク情報データベース(CRD)による実証分析」では、事業継承によって経営者が若返ることによって、中小企業の全要素生産性が高まることが示唆されている。経営者が20歳以上若返る形で事業継承がされた場合には、3年後に生産性が1.7%上昇する傾向が観測される。

後継者を探すこと、あるいは買収先の企業を探すことで、優良な中小企業の廃業を防ぐことに加えて、より若手の有能な経営者に事業が引き継がれることで、生産性の向上を図ることも、中小企業の生産性向上策として重要と考えられる。

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