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ECBのラガルド総裁の記者会見-Financing conditions

2021/01/22

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はじめに

ECBは、今回(1月)の政策理事会で金融緩和の現状維持を決定した。記者会見では、Covid-19の感染拡大による経済への影響に加え、資金調達環境と政策対応の関係に質問が集中した。

経済情勢の評価

ラガルド総裁は、足許のユーロ圏経済には製造業の回復に加えてワクチン接種の開始といった好材料もあるが、Covid-19の感染抑制のためのロックダウンによってサービス支出が打撃を受け、家計のマインドの慎重化が企業の設備投資の抑制に繋がっているとした。その上で、最新の指標や高頻度データによれば、昨年第4四半期はマイナス成長であったとみられ、今期も経済の下押しが続くとの見方を示した。

もっとも質疑応答では、上記の好材料に加えてNGEUに関する欧州首脳の合意や円滑なBrexitといった不透明性の低下と、上記の悪材料や小売売上の減速といった要素が拮抗しているので、リスクは引続き下方に向いているが、ユーロ圏経済は前回(12月)の執行部見通しに概ね沿った動きを示していると説明した。

また、別の記者から今期もマイナス成長が続くリスクが指摘されたのに対し、ラガルド総裁はロックダウンの延長のリスクや昨年第4四半期からの「マイナスのゲタ」の影響を認めつつも、現時点では慎重ながら楽観的(cautiously optimistic)であると回答した。

物価情勢の評価

ラガルド総裁は、冒頭説明で、足許のHICPインフレ率の減速には、既往の原油価格の下落やドイツのVAT減税等の一時的要因による面があり、これらの影響は徐々に剥落するため、直近(11月)の小幅なマイナスからプラスへ転じるとの見通しを示した。

もっとも、その後もサービス価格の停滞や雇用のslack拡大による賃金上昇の弱さ、ユーロ高等のために、インフレの加速は緩やかに止まるとの慎重な見方を示した。

記者からはユーロ高の影響について質問があったが、ラガルド総裁は為替レートは政策目標ではないが、インフレを含めて経済に大きな影響を与えるため、引続き非常に注目している(very attentive)と回答した。

銀行貸出の鈍化とTLTRO IIIの運営

今回の質疑応答は、各質問に対するラガルド総裁の回答が長かったこともあって、合計で8人の記者による質問に止まったが、その殆どが資金調達環境と政策対応に関するものであった。その第一の焦点は、銀行貸出の鈍化とTLTRO IIIの運営である。

ラガルド総裁が冒頭説明で指摘したように、企業向けと家計向けの貸出残高の前年比は直近(11月)まで横ばい圏内であったが、昨年前半に比べて増勢は鈍化している。ECBによる貸出サーベイも、昨年第4四半期には銀行の与信姿勢が一段と慎重化した一方、企業の資金需要も減速したことを示唆している。

複数の記者が企業の資金調達環境の悪化に懸念を示したのに対し、ラガルド総裁は、TLTRO IIIの落札額が依然として予想以上に高水準にあるほか、上記のサーベイでも銀行は貸出条件の緩和に向けた効果を認めており、貸出金利も実際に低下していると反論した。また、銀行が信用リスクの増加に備えて与信を慎重化すること自体は、金融システム安定にとって適切な行動であると指摘しつつ、企業の資金調達環境を今後も注視する姿勢を確認した。

資金調達環境とPEPPの運営

一方、第二の焦点は、資金調達環境とPEPPの運営であった。この点に関しては、前回の本稿で内容を検討した12月政策理事会の議事要旨(Account)の内容が大きな影響を与えたようだ。

すなわち、議事要旨によれば、今や危機ではなく、緩和的な金融環境の維持と物価目標の達成に向けた忍耐強さが重要との認識や政策効果の限界、金融システム安定に対する副作用などが指摘された上で、PEPPの効率性を高め、買入れ枠を使い切らない可能性が挙げられた訳である。

実際、今回の声明文では、良好な資金調達環境が維持されれば、買入れ枠を使い切る必要はないが、そうした環境の維持に必要であれば枠を再調整する(つまり増やす)可能性がある点が併記されている。

これに対し、多くの記者が資金調達環境の評価方法を質した。このうち一部の記者は、先に見た銀行貸出の鈍化や不良債権の増加は資金調達環境の悪化を意味するのではないかと指摘した一方、別の記者は域内の一部国で政治情勢が不安定化したにも拘らず、国債利回りが安定している点は資金調達環境の好転ではないかとの考えを示した。

ラガルド総裁は、これらの質問に対し、資金調達環境はユーロ圏全体の家計や企業、政府といった幅広い主体について総合的にみていくこととしており、銀行貸出の量や条件だけでなく、クレジット市場の状況や国債利回りなどの多様な指標を参照して評価する方針を繰り返し強調した。

別の記者は、資金調達環境の評価とPEPPの買入れ枠の運営との関係を具体的に示すべきと指摘したのに対し、ラガルド総裁は、資金調達環境を上記のように包括的な視点から評価する方針を確認した上で、それが良好か否かは、インフレ目標の達成に向けた動きを促進しうるかによって判断するとの考えを示した。

さらに別な記者は、今回の声明文でPEPPの買入れ枠を使い切らない可能性に敢えて言及したことの意味合いを質した 。 ラガルド総裁は、声明文では買入れ枠を強化する可能性も併記しており、双方の説明を「同様に(equally)」という語で繋いでいるように、現時点でいずれの可能性も存在するとの理解を示した。

ECBがPEPPの柔軟性や持続性を強化する上で、資金調達条件の展開に沿った機動的な運営を打ち出したことやそうした条件の判断を物価目標と紐づけたこと自体は合理的である。しかし、資金調達条件を定量的に示すことは難しいだけに、買入れペースを変化させた場合には(特に減速した場合には)、今回の質疑応答が示唆したように、市場との理解の共有も難しくなり得る。

この点からみれば、目標金利への誘導ができている限りは買入れペースは「内生的」であると説明しうるイールドカーブ・コントロールは便利な枠組みである。ラガルド総裁は直接の回答を避けたが、一部の記者が指摘したように、ある域内主要国の中央銀行総裁は一定の関心を示しているようだ。

執筆者情報

  • 井上 哲也

    金融イノベーション研究部

    主席研究員

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