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FRBのパウエル議長の記者会見-Too early

2021/01/28

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はじめに

今回(1月)のFOMCは全会一致で金融緩和の現状維持を決定した。記者会見では、年後半に向けての経済回復の見通しとともに、強力な金融緩和に伴うインフレ率や資産価格の上昇といった副作用に関する議論が目立った。

経済情勢の評価

今回の声明文には、経済活動と雇用の回復ペースが足許で鈍化したとの評価が加わった。パウエル議長も、住宅市場が拡大を続けている一方、サービス支出と財支出の双方で減速感がみられた点を指摘したほか、レストランや宿泊等を中心に9百万人分の職が喪失し、労働参加率も低下したままである点を説明した。

その上で、家計が新たな環境に適応したこともあって、昨年後半の消費は予想以上に底堅かっただけに、本年後半にはワクチンの普及や財政政策による効果が期待される点を認めた。それでも、米国経済が依然としてCovid-19の展開に大きく依存する不透明性の高い状況にあるとの見方を確認した。

記者からは、前回(12月)の声明文の「公衆衛生上の危機が経済に短期的な影響を与え、中期の経済見通しに大きなリスクをもたらす」という表現から、今回(1月)は「短期的」や「中期的」の表現が削除されたことの意味について質問があった。パウエル議長は、本年後半の景気回復に期待しつつも、雇用等に関する継続的な影響(scarring effect)も意識したと説明した。

別な記者が家計による適応の内容を質したのに対し、パウエル議長は、金融市場がリモート勤務になっても機能した点を例示しつつ、消費や住宅購入がバーチャルな手段を活用して拡大した点を説明した。もっとも、変化が困難な個人サービスへの支出は低迷し、その影響が低所得者に集中しているとの懸念を示した。

さらに別な記者は、世界金融危機と比べた雇用への打撃の深刻さを質した。パウエル議長は今回はまだ初期段階にあるとした上で、サービス業と中小企業への影響を懸念しており、景気が回復しても、消費行動の復元、あるいは経済活動のリモート化に伴う異なるスキルの必要な転職には時間を要するとの見方を示した。

物価情勢の評価

今回(1月)の声明文もパウエル議長の説明も、物価については依然として低位という評価を維持した。

記者からは財政政策がインフレ圧力に繋がる可能性について質問が示された。パウエル議長は、むしろ低インフレを懸念していると回答し、欧州や日本と同じく、高齢化やグローバル化、技術革新といった要因によるだけに、フィリップスカーブのフラット化に変化が生ずるには時間を要すると説明した。さらに、雇用回復の停滞が経済成長力の低下に繋がるリスクを懸念しており、多少のインフレ率上昇は歓迎するとした。

別の記者は平均インフレ目標との関係でインフレ率の持続的な上昇の蓋然性を質した。パウエル議長は、原油価格下落による水準効果の剥落や消費のペントアップ需要の顕在化による影響は一時的であるとの見方を示した。

加えて、米国は四半世紀にわたって低インフレの構造にある点を確認するとともに、インフレ率が加速してもFRBには抑制する手段があると説明した。その上で、政策金利の変更に関する平均インフレ目標の評価には具体的な定式(formula)がある訳でなく、適切な判断を加える方針を確認した。

金融システム安定とマクロプルーデンス

今回(1月)の会見では、興味深いことに複数の記者がこの問題を取り上げた。ある記者が住宅や社債の過熱感を取り上げたのに対し、パウエル議長は、住宅は在庫が低位である下でのペントアップを含む需要増大、社債はデフォルトや格下げの抑制といったファンダメンタルな要因も作用していると説明した。

さらに別な記者が強力な金融緩和が資産価格バブルを招いている可能性を質したのに対し、パウエル議長は、Covid-19が当初は金融市場を不安定化させたほか、米国経済全体に大きな影響を与えているだけに、FRBがこれらの対応に注力することは当然であるとの考えを確認した。

加えて、パウエル議長は、世界金融危機の経験も踏まえて、FRBは金融システムの状況を広範にモニターしており、具体的には銀行やノンバンクのレバレッジ、資産価格、企業等の資金調達リスクなどに着目していると説明した。その上で、FRBは現在のリスクは穏当(moderate)と評価しているほか、世界金融危機当時に比べて金融システムは底堅い(resilient)とした。

一方で別の記者は、金融システム安定への第一線準備(first line of defense)がマクロプルーデンス政策であるとしても、ノンバンクに対する適切な手段がないとの懸念を示した。パウエル議長は、FRBが銀行に対してはストレステスト等の手段を有するが、ノンバンクには直接的な手段がなく、関連当局と連携して対応する考えを説明した。

さらに別の複数の記者は、マクロプルーデンスの観点からの利上げや規制手段の行使の可能性を質した。これに対しパウエル議長は、政策金利を金融システム安定のために使用することも理論的には排除しないが、実際にはマクロプルーデンス手段の活用を優先するとの考えを示した。

その理由としてパウエル議長は、利上げによる金融環境のタイト化が実体経済にもたらす副作用や、金融システム安定とのトレードオフに不透明な点が多いとの理解を示した。併せてパウエル議長は、連銀法のRegulation T(証券ブローカー・ディーラーに対する与信規制)のような規制手段の行使は考えていないと明言した。

資産買入れの運営

今回(1月)の会見でインフレや金融システム安定が焦点となったのも、結局は資産買入れの運営に対する意味合いという共通の観点によるものであったように思われる。上記の議論も踏まえて、ある記者は資産買入れの減速(taper)が金融市場の不安定化を招くリスクを質したのに対し、パウエル議長はどのタイミングでtaperを行うかを議論することは時期尚早と指摘した。

また、資産買入れに関する現在のフォワードガイダンスを確認した上で、実際の時期が近付いたら十分前以て説明した上で、資産買入れの減速も緩やかに行う考えを示したほか、FRBはtaperを既に経験しているだけに、次回も透明性の高い形で適切に実行しうるとの自信を示した。

執筆者情報

  • 井上 哲也

    金融イノベーション研究部

    主席研究員

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