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ECBのラガルド総裁の記者会見-Significantly higher pace

2021/03/12

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はじめに

ECBは今回(3月)の政策理事会で、資金調達条件の評価とインフレの見通しに基づき、PEPPによる資産買入れのペースを顕著に引き上げることを全会一致で決定した。

経済情勢の評価

政策判断に関する議論の前に、景気と物価の評価をみておきたい。このうち景気についてラガルド総裁は、Covid-19の感染抑制策によって、第1四半期もマイナス成長になる可能性が高い点を認めるとともに、家計は雇用や所得に対する不安、企業はバランスシートの脆弱性のために、ともに慎重なスタンスを維持しているとの見方を示した。

もっとも、本年を通じてみれば、ワクチンの普及と感染抑制策の緩和に加え、海外経済の回復や欧州での財政支出、良好な資金調達条件などによって回復を辿るとの見方を確認した。実際、執行部が改訂した実質GDP成長率の見通しも、2021~23年にかけて+4.0%→+4.1%→+2.1%とされ、前回(12月)と比べて、 2021年と22年が各々0.1ppづつ上方修正と下方修正されただけで、ラガルド総裁も概ね不変との理解を示した。

加えて、中期的なリスクも、以前よりも上下にバランスしたとの見方を示し、下方リスク要因として、変異種を含むCovid-19の感染拡大とそれに伴う経済や資金調達条件への影響を挙げた。

物価情勢の評価

一方、物価についてラガルド総裁は、足もとのHICPインフレ率が顕著に好転したのも、主として一時的要因-原油価格下落の影響の剥落に加え、ドイツのVAT減税の終了、一部国でのセール時期の遅延、HICPのバスケットにおける財比率の上昇等-によるとの理解を示した。

その上で、原油価格が現状程度で推移すれば、インフレ率は本年中にさらに改善するが、来年にはそうした効果も剥落するとの見方を示した。加えて、基調的インフレ率は、総需要の低迷や労働のslack、過去のユーロ高等の影響を受けるとして、緩やかな上昇に止まると説明した。

執行部が改訂したHICPインフレ率の見通しは、2021~23年にかけて、+1.5%→+1.2%→+1.4%とされ、前回(12月)に比べると2021年が0.5ppの大きな上方修正となったほか、2022年も0.1pp上方修正された。しかし、質疑応答の中でラガルド総裁は、 2021年の上方修正は上記のような一時的要因による面が強く、むしろ2023年にも物価目標に及ばない点に懸念を示した。

PEPPの運営と資金調達条件

ラガルド総裁は、こうした状況下では資金調達条件を良好に維持することが引続き重要と指摘した上で、前回(1月)の政策理事会から宿題となっていた資金調達条件の内容を説明した。

つまり、資金調達条件は金融政策の波及プロセス全体、つまりリスクフリーの(政策)金利から国債利回りや社債利回り、銀行の与信条件といった一連の流れを視野に入れるという意味で「holistic」であり、かつ特定の指標でなく多角的に指標を考慮するという意味で「multifaceted」であると説明し、質疑応答の中でもこうした理解を再三強調した。

その上でラガルド総裁は、銀行は与信条件を決める上でリスクフリーの金利と国債利回りを参照するだけに、そうした金利が大幅かつ継続的に上昇したまま放置されれば、経済全体の資金調達条件が時期尚早な形でタイト化する恐れがあるとした。そして、先行きの不透明性を抑制し、コンフィデンスを高めることで景気回復を支え、中期的な物価安定を維持する上では望ましくないとの判断を示し、それが、PEPPによる買入れペースの顕著な引上げを決定した理由であると説明した。

これに対し、記者の質問も多くが資金調達条件に向けられた。まず、複数の記者がイールドカーブの特定の領域など、特に注目している金利を質した。これに対し、ラガルド総裁は、上記の「holistic」と「multifaceted」の説明を繰り返した。

この点に関しては、レーン理事が2月下旬に域内国のGDPでウエイト付けした国債利回りとOISレートに注目する考えを示唆していたことで、ECBがこの2つの金利をみてPEPPの運営を判断するとの理解もあっただけに、やや意外感もあったかもしれない。

ラガルド総裁は、レーン理事も金融政策の波及プロセス全体を視野に入れる点を確認した上で、「上流」ではこれら二つが重要と説明したのだという理解を示した。ただし、ECBが社債利回りや銀行の貸出条件も考慮するといっても、「平時」にはそれらに直接働きかけるのではなく、リスクフリーの(政策)金利あるいは国債利回りを調整することで、変化が「下流」に及ぶように促すのが普通である。

別の記者からは、資金調達条件を改善する上で特定の目安が2あるかどうかを質した。これに対しラガルド総裁は、YCCのような金利水準に関する特定の目安はなく、資金調達条件の適切さはインフレが目標に向かって収斂する動きと整合的であるかどうかで判断する考えを示した。

ラガルド総裁は、PEPPの買入れペースの顕著な引上げの具体的な内容を質す質問にも、特定額を意識している訳ではない点を強調するとともに、四半期を通した動きとして実現する考えを示した。

さらに、別の記者がインフレ率の長期的な低迷は前回(12月)見通しの段階で明らかであったのに、その後の資産買入れが減速したことに疑問を示した。ラガルド総裁は、インフレ見通しとの関係で資金調達条件を評価し、それに基づいてPEPPの運営を考える以上、物価見通しが改訂される四半期ごとというのが、 PEPPの運営見直しの機会として適切との考えを示した。

この点は、ラガルド総裁が強調するPEPPの柔軟性の高さとどうバランスするか判然としない面もあるが、例えば、理事会が買入れペースの許容範囲を四半期ごとに示した上で、執行部が日々の市場動向を見ながら、相応の裁量をもって実際の買入れを行うことが考えられる。

ただし、足もとの買入れペースであれば、PEPPの買入れ上限に対して余裕が生ずることは周知の事実であり、ECBが市場金利上昇に懸念があるのであれば。「顕著な買入ペースの引上げ」も早晩実現した話でもある。絶対額を示さない点も含めて、だからこそ理事会でコンセンサスを形成することができた面もあろう。

執筆者情報

  • 井上 哲也

    金融イノベーション研究部

    主席研究員

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