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FRBのFinancial Stability Report-Improving conditions

2021/05/10

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はじめに

FRBによる今回(5月)のFSRについては、資産価格の過大評価に懸念を示したとの報道が目立つ。しかし、内容を全体としてみれば、Covid-19によって生じた金融システムへのストレスが、マクロ的に緩和方向に推移したとの評価が示されている。

金融資産のvaluation

第1章で注目されるのは、米国債利回りのterm premiumが上昇したが、依然として低水準であるという評価と、米国債のうち中短期ゾーンの市場機能が低いとの懸念である。

前者は、資産価格の上昇が合理性を有することを意味するとともに、問題の核心がむしろterm premiumが低いことの方に存在することを示唆する。つまり、FRBが資産買入れによってterm premiumを押し下げていることが、金融政策としては適切だとしても、金融システムに不安定性をもたらすという、いつもの議論に帰着する(下記のBOXでは、両者の立場を併記している)。

後者は、一連の経済対策によって肥大化した財政赤字の市場調達に伴い、結果として生じる金利上昇圧力を強めるリスクを示唆する。なぜなら、米国財務省が国債費を抑制しようとした場合、中短期債の需給に相対的なストレスが見込まれるからである。

一方、この章のBOXでは、資産価格のショックに対する脆弱性を分析しているが、多くの報道が焦点を当てた株価よりも、社債のリスクプレミアムの歴史的な低さが印象的である(FigureAを参照)。また、商業不動産については、Covid-19の影響などによってキャッシュフローが悪化しているにも拘らず、投資家の評価が改善している事実に直面し、バリュエーションの評価が困難と告白している。FRBは、今後もこれらの市場を注視していくと推察される。

企業と家計の借入れ

第2章では、企業債務を巡る状況が、前回(11月)のFSR以降に顕著に改善した点が指摘されている。その理由は、緩和的な金融環境に加えて、政府の経済対策と景気の顕著な回復にある。実際、GDPの大幅な増加と企業の予備的な資金需要の剥落により、企業債務のGDP比は予想外に大きく低下した。

この間にもグロスの社債発行は高水準であったが、ネットでみると増加しておらず、FRBは企業が低利回りかつ長期の負債へと借り換えを行ったとの見方を示している。手元資金の積み上げもあってレバレッジやICRも改善し、ショックへの脆弱性も低下した。

もっとも、こうしたマクロ的な改善に拘らず、上場企業以外の中小企業は、銀行借入れへの依存が高く、足許で銀行の貸出姿勢がタイト化していることに留意を示した。政府の経済対策(特にPPP)によって、こうした企業でも信用リスクの状況は安定していると評価したが、政策措置の終了後を注視すべきとしている。

家計債務を巡る環境も、今回(5月)のFSRは前回(11月)に比べて大きく改善したと評価している。所得が景気回復と政府の経済政策(現金給付や失業保険の増額)によって大きく増加したほか、政府の返済猶予策(住宅ローンや学生ローン)によって、債務返済の負担も軽減されている。

この間、家計債務の残高は緩やかな増加を続けているが、その大半はクレジットスコアの良好な家計によるものと評価し、マクロ的な脆弱性の低下を示唆している。なかでも住宅借入れは、価格の顕著な上昇により、レバレッジの低下に止まらず、negative equityの低下という恩恵も生じている。もっとも、住宅価格については、供給制約の緩和後の動向が注目される。

金融セクターのleverage

第3章では、Covid-19によるストレスの下でも、銀行の健全性や頑健性が維持された点を評価し、既に公表されているストレステストの結果も踏まえて、自社株買いを含む利益配分の制限を緩和する方針を説明している。

当初の懸念を覆す形で銀行がresiliencyを発揮できた要因としては、景気の顕著な回復に加え、政府の経済対策(PPP等)によって企業向け債権の不良資産化が抑制された-このため、貸倒れ引当ての負担が軽減された-ことや、トレーディング部門や投資銀行部門が高収益を挙げたことを理由として指摘している。

一方、銀行以外のセクターのうちブローカ/ディーラーは、国債発行の増加に伴う在庫ファイナンスの圧力の下でも安定性を維持しているとした一方、生命保険はCLOや商業不動産貸出等への投資が増えている点に注意を喚起した。

このCLOについては、発行ペースが本年入り後に顕著に増加している点を指摘したが、証券化の構造はGFC以前に比べて健全であるほか、社債と同じく、緩和的な金融環境を活かした借換えないし組み換えが進行していると評価した。この結果、裏付け資産の評価も、Covid-19以前よりは悪化したが、昨年対比では改善傾向にあるとの見方を示した。

資金調達のリスク

最後の第4章では、預金保険等にカバーされないノンバンク等の負債がGDPの85%まで増加した点を指摘しつつも、(昨年春に金融システム不安定化を招いた)Prime MMF等の残高が減少した点を付言した。これに対し、銀行の流動性は、政府の経済対策(現金給付を含む各種の助成)、予備的貯蓄の増加、投資家の一時的なリスク抑制などによる大量の預金流入によって、顕著に好転している。

このうち、Prime MMF等については流動性変換の機能に伴う脆弱性の高さが残る点を強調するとともに、SECが既にパブリックコメントに付している対策-swing pricingや資本バッファー等-の導入に期待を示した。また、Mutual Fundのうちで社債に投資しているものについても、残高が引続き増加する中で、社債投資家としてのシェアが上昇している点を指摘し、昨年春に見られたような急速な資金流出のリスクに注意を喚起した。

なお、この章の2つのBOXのうちの一つは、国際金融市場における米ドル資金調達の構造とCovid-19によるストレスを分析している。中でも興味深いのは、米国の非居住者による米ドル資金需要のほとんどが(米国からみて)外国の銀行によって対応されている点である(Figure Aを参照)。

こうした構造の下で、Covid-19の下でFRBが実施した米ドルスワップは、日銀やECBを中心とする海外中央銀行による多額の利用を招いた訳である。もっとも、ストレスが抑制された理由は、 FRBによる機動的な対応だけでなく、既にみたように米銀の流動性が顕著に改善したことにもあるように思われる。

執筆者情報

  • 井上 哲也

    金融デジタルビジネスリサーチ部

    主席研究員

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