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ECBの5月FSR-Corporate to sovereign nexus

2021/06/02

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はじめに

ECBの今回(5月)の金融安定報告(FSR)では、政府による支援策の終了に伴う企業の信用リスクの上昇と、それが逆に債務保証等の負担増を通じて政府債務を悪化させる悪循環のリスクに対する警戒が示されている。

主体別の状況

第1章では非金融セクターに焦点を当てて、主体別に状況を分析している。

まず、政府については、巨額の財政支出を行った割にリスクが顕現化していない理由が、超低金利にある点を確認している。図1.4が示すように、政府債務がGDP比で同じ100%でも、GFCに比べてGDP比の国債費は200bp以上も低い。

しかも、図1.5によれば、域内国政府は総じて中長期債の発行を増やしたこともわかる。この点は、ロールオーバーリスクの抑制というメリットの一方で、市場の信認が不安定化した場合の価格変動リスクを大きくする副作用があることは言うまでもない。

一方、家計については、政府の大規模な支援が主として預貯金の顕著な増加に繋がっている点を確認した(図1.8)。この点が今後の景気回復に寄与するかどうかは、別稿で分析したAccountが示唆するように金融政策上の重要な論点だが、金融システム安定の観点では、バランスシートの健全性を維持しているという意味で、歓迎すべき事態である。

もっとも、同じく図1.8が明示するように、域内の主要国の間でGDP比での政府支援の規模が同じでも、元々の所得形成の相対的な強さを映じて、可処分所得の伸びに大きな差がついていることにも留意すべきである。

その上で今回(5月)のFSRが最も懸念しているのは企業の状況である。つまり、ユーロ圏の企業は以前から総じて低収益であった上に、今回のショックが加わった訳であり、これまでは政府の債務保証や銀行の積極的な与信姿勢によって支えられてきたが、今後はこれらのプラス要素が消滅していく中で問題の顕在化が懸念されるとの見方である。

こうした問題が、個人向けサービスかつ中小企業に集中しやすい点は日米と共通しているが、ユーロ圏の場合、南欧諸国ほど観光や宿泊などの産業に依存する面が強いという不都合な真実が存在する。それらの顔ぶれは、欧州債務危機で深刻な打撃を受けた国々とほぼ一致しており、経済成長や金融システム安定における相対的な脆弱性への影響に注目する必要がある。

「ゾンビ企業」の問題

企業に関して興味深いのは、「ゾンビ企業」を分析した巻末レポートであろう。ROAが負、EBITDAが5%以下、純投資が負という条件を満たす「ゾンビ企業」は、今回の危機前には全体の3.4%と、欧州債務危機直後の6%より低下した点を明らかにした。しかし、資本や労働に関する生産性が低く、雇用や収益の面での貢献も相対的に小さい点を確認したほか、「ゾンビ予備軍」の存在が大きい点にも警告を示している。

また、欧州委員会が債務保証に設定した標準ルールが不適切であったために、多くの「ゾンビ企業」が措置の恩恵に浴した点を明らかにしたほか、域内政府が併せて実施した債務返済の猶予策は本年前半で終了することにも注意を喚起した。また、こうした企業には適切な与信条件が設定されず、結果として不良債権化しやすいという周知の特性も定量的に確認している(図A.3)。

その上でレポートの著者は、域内国政府による債務保証や返済猶予は、短期的には総需要の下支えに寄与したものの、今後はこうした措置を慎重に終了していくことの重要性を確認するとともに、銀行が問題先送りのインセンティブを持たないよう、企業の破綻処理の枠組みの強化の必要性を指摘した。

加えて、「ゾンビ企業」問題が経済資源の非効率な配分や、投資と雇用の抑制というマクロ経済面の問題を有する点を認めつつも、将来の企業破綻や銀行の不良債権の急増といった金融システム安定上の意味合いも大きいとの見方を強調している。

銀行システムの状況

第3章では、銀行システムの状況を分析している。先の議論から明らかなように、焦点は企業の信用リスクの上昇による影響であり、IFASのステージ2資産への流入が増加するなど、既に顕在化しつつあるとの見方を示している(図3.1)。もちろん、この点に関しても、先に見たように業種や地域によるばらつきが大きい点も認めている(図3.3)。

その上で第3章のBOX4は、ストレスの波及メカニズムに関する分析を提示している。欧州債務危機の際には、財政と銀行システムとがストレスの悪循環を生じたが、今回はストレスのポイントが企業にあり、企業から財政への波及を最も懸念するべきとの見方を確認している。

この点に関しては、第1章のBOX2も、過去(1995~2014年)を対象に、政府の対企業支援が財政に与えた影響を分析し、「暗黙の約束」による公的企業の支援の負担が大きかった点を明らかにしている。今回は民間企業に対する「明示的な」債務保証の負担が大きいとみられるが、ユーロ圏全体でも利用額はGDPの4%に過ぎない。ただし、BOXが警告を鳴らすように、市場ないし銀行によるPDには過小評価のリスクも残る。

一方で、銀行経由のストレスのリスクが低下した点に関しては、第3章を通じて指摘しているように、ユーロ圏の銀行システムが流動性や自己資本の面で、欧州債務危機当時に比べて頑健性を高めた点による面が大きい。ただし、同じく第3章の後半は、市場が銀行の現状を過大評価している可能性も示唆している。

加えて、第3章は、ユーロ圏の銀行システムが長期的な低収益から脱却できていない点にも懸念を示している(図3.5)。

確かに、昨年後半の収益の停滞は貸倒れ引当の増加による面が強く、健全であるだけでなく、永続する要素ではない(図3.4)。しかし、預貸利鞘の抑制に加えて、貸出の量がむしろ減速することや、相対的に投資銀行ビジネスの恩恵が小さいといった要因のために、収益構造の改善は望みにくいとしている。

そうした中で、企業の信用リスクの上昇が生じた場合、銀行の収益力や金融仲介能力には無視しえない影響が生じうる。この点に関して第3章では、域内国が企業の破綻処理や銀行の不良債権処理の枠組みを強化することで、影響が長期化しないようにすることの重要性を強調している。

執筆者情報

  • 井上 哲也

    金融デジタルビジネスリサーチ部

    主席研究員

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