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BOEのデジタル通貨レポート-Policy framework

2021/06/09

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はじめに

イングランド銀行(BOE)が今般公表したデジタル通貨に関するレポートは、中央銀行の視点からデジタル通貨に関する政策の枠組みを提示したものである。特徴的な論点をレビューしておきたい。

検討の対象

「New Forms of Digital Money」という名称の本報告は、Stable CoinとCBDCの双方を念頭において、中央銀行による対応のあり方を議論している。

前者は、価値変動が極めて大きく、従って投資対象となっている「暗号資産」とは対照的に「通貨」としての活用可能性がある。それだけに、FRBも本年夏に考え方を示す方針にあるだけでなく、今般のG7財務相・中央銀行総裁会議でも国際的な対処方針の策定が合意されるなど、政策当局側の関心が高まっている。

本報告がStable Coinを取り上げたのも、英国がG7の議長国であるだけに、グローバルな流れに沿ったものと理解できる。一方、 Stable CoinとCBDCを共通の視点から検討したことは新たなアプローチであり、後で見るように重要な意味合いを持ちうる。

本報告では、議論の大半が金融政策の波及や金融システムの安定といった中央銀行の政策に関する内容となっている点も特徴的である。BOEもデジタル通貨の技術や支払・決済に対する影響を軽視している訳ではないが、それらは、4月に公表したCBDCに関する検討の枠組みで検討されることになろう。一方、これからECBやFRBが公表する方針とも併せて、欧米の中央銀行による議論の焦点は、今や政策面にあることが示唆される。

価値保蔵手段としてのデジタル通貨

本報告については、「store of value」としてのデジタル通貨の機能を明示的に意識している点も注目に値する。

「通貨」としての活用可能性を有するStable Coinを検討対象にする以上、しかも、本報告が繰り返し強調するように、支払・決済や計算単位といった機能に加えて価値保蔵が「通貨」の重要な機能である以上、これは当然の帰結ではある。

一方で、主要国の中央銀行は、CBDCに関しては支払・決済の機能に限定されるべきとの考え方を示してきた。実際、それを担保するための対応のあり方-例えば、残高や利用額の制限、マイナスの付利など-が大きな論点の一つとなっている訳である。

本報告が、CBDCも含めて異なるスタンスを採用した理由は必ずしも明らかではない。ただし、銀行預金への影響に関する分析(下記)が示唆するように、企業や家計がデジタル通貨を保有する主たる理由は安全性にあり、金額や付利の面での対応は必ずしも有効でないと推察したことは考えられる。

また、本報告と同時に公表された昨年のパブリックコメントの結果が、ECBによる同様な調査と異なり回答者の大半が業界関係者(金融とIT)であったにも拘らず、CBDCの重要な意義が「金融包摂」にあるという、意外な内容であった点が影響している可能性もある。少なくともマイナスの付利は「金融包摂」とは政治的に相容れない選択肢である。

いずれにしても、デジタル通貨が価値保蔵手段としても使用される場合の最も重要な含意は、銀行預金からデジタル通貨への資金シフトが大きくなることである。それが金融仲介に影響を及ぼしうることは当然であり、そうした影響を抑制することがCBDCの機能を支払・決済に限定すべきとの議論にも繋がっていた訳である。

本報告は、既存の様々な調査研究を参照しつつ、上記のようにデジタル通貨に対する需要の主因が安全性にあり、銀行預金の20%程度がデジタル通貨にシフトするとの推計を示している。

また、結果として銀行が市場性調達を増加させることには、流動性比率規制への対応や資金調達コストの上昇(貸出金利への転嫁)という課題が生ずるだけに、結果的にノンバンクが金融仲介の一部を代替する可能性を示唆している。ノンバンクが必要な資金を市場調達したら同じではないかとの懸念もあろうが、 BOEはかねてから、ノンバンクが保有資産(国債等)を銀行に売却することで資金を調達するメカニズムを想定している。

もちろん、推論通りになっても多くの課題は残る。本報告も認めるように、中小企業にとって銀行借入れ金利が上昇するだけでなく、ノンバンクからの資金調達は難しいかもしれない。銀行が中長期の資金調達を増やせば資金コストが上昇し、保有資産の売却を図れば資産価格に影響が生ずる。短期金融市場の資金需給にどのような影響が及ぶかという、中央銀行にとって一層重要な問題も残る。

これらの点は、本報告が適切に示唆するように、中央銀行がCBDCを導入しなくても、民間事業者によるStable Coinが相応に普及しただけで生じうるだけに、主要国においてはより喫緊の課題として認識することが必要となる。

デジタル通貨の安全性

本報告は、最後のパートでStable Coinに対する規制や監督のあり方を検討している。

デジタル通貨の需要が安全性に支えられる以上、当然に重要であり、支払・決済手段に加え、価値保蔵手段としての活用も想定するだけにハードルは高まる。また、本報告はFPCが提示した方針を踏襲し、「通貨」の発行主体の業態に拘らず、同じ機能を提供する以上、同じ規制や監督に服するべきとしている。

その上で本報告は、銀行以外の主体がStable Coinを発行する場合の安全性の担保方法として、①高度に安全で流動性ある資産(HQLA)の保有、②中央銀行当座預金の保有、③信託財産の保有という3つのパターンを提示している。ただし、発行体ないしStable Coinの信認が損なわれた場合、①や③では資産の投げ売り等によってストレスを増幅する可能性等があるだけに、BOEによるLLRの対象とする必要性を示唆している。

これらを踏まえると、Stable Coinの発行体は銀行に近いレベルの規制と監督に服するべきという結論が導かれ、民間事業者のモチベーションには大きな影響が生じうる。これは主要国の中央銀行や金融当局が「リブラ構想」の際に示した考え方と基本的に同じである。しかも本報告は、Stable Coinだけでなく預金通貨も含めて、民間主体が発行する「通貨」は中央銀行マネーとの交換を保証することで安全性が担保される点を強調している。

結局のところ本報告は、CBDCの必要性や合理性を暗黙のうちに示すという、興味深い意味合いを有するものと理解できる。

執筆者情報

  • 井上 哲也

    金融デジタルビジネスリサーチ部

    主席研究員

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