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ECBによる金融政策運営の見直し(その2)

2021/07/09

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はじめに

ECBは、2020年初から検討を進めてきた金融政策運営の見直しについて、理事会で合意がみられたとして、急遽結果を公表した。物価目標の対称化と気候変動への対応という二つの柱は、市場予想の範囲内であったが、各々の内容には興味深い論点も含まれている。本コラムでは、気候温暖化対応を検討する。

基本的な問題意識

今回の見直しの公表文(10.)には、気候変動が経済や金融の循環や構造を通じて物価に大きな影響をもたらすとの認識が示されている。また、別途公表された公表文(金融政策において気候変動の影響を考慮するための行動計画)によれば、気候変動や持続的経済への移行は、物価、生産、雇用、金利、投資や生産性、金融安定、政策の波及効果を通じて物価見通しに影響すると整理した。こうして、気候変動や炭素排出削減による金融政策への意味合いを考えることの重要性を強調している。

一方で公表文(10.)は、気候変動対応がグローバルな課題であるとともにEUの優先的な政策課題である点も確認している。また、公表文の別の個所(2.)では、ECBが物価安定の目標に抵触しない限り、EUの経済政策を支援することも確認しており、そうした政策目的には、均衡ある経済成長、完全雇用や社会の発展を目指した競争的な経済社会の実現、環境の高度な保護と良質な改善などが含まれるとしている。

これらを踏まえると、以下に見るECBによる気候変動対策への包括的な取り組みは、中央銀行固有の視点を超えた印象も受ける。実際、ECBはEUの国際機関としての性格も有するだけに、ECBにとってEUの経済政策との密接な連携はむしろ自然である可能性がある。また、ラガルド総裁がIMFの専務理事時代から気候変動対応に強い関心を持っていたことの影響も推察される。

行動計画の概要

上にみた別途の公表文には、大きな領域ごとに課題と対応、実現のスケジュールが示されており、ラガルド総裁も質疑応答の中で具体性の高さを強調した。

第一の領域は気候変動や関連する政策の効果を監視するための計量モデルの開発とその活用である。2022年にかけて、ECBの執行部による既存の経済見通しの中に、炭素価格に関する仮定や気候関連の財政政策の効果を取り込むことを目指している。さらに2024年にかけては、気候リスクによる潜在成長への影響やトランジションのシナリオ分析等を取りこむとしている。

第二の領域はリスク分析のための統計整備である。2022年にかけて、グリーンな金融手段や金融機関のフィジカルリスク、金融機関の炭素排出の各々に関する指標を開発することを目指す。さらに2024年にかけては、気候変動に関する新たな統計の収集も企画する。

第三の領域はEUの政策と整合的な形での担保や資産買入れの枠組みの導入である。2022年までにEUによる情報開示の規制が採択されることを受けて、ECBとしてのルールや運営の枠組みを準備したうえで、2023年からの規制の適用に合わせて運営を開始することを目指す。

第四の領域は気候変動関係のストレステストの導入である。 2021年中に企画を進めた上で、2021年については経済全体ベース、2022年については個別銀行ベースで試験的に実施し、 2023年からは定期的に実施することを目指す。

第五の領域は担保や資産買入れに関する気候変動リスクの評価である。このうち信用格付けによる評価に関しては、2022年にかけて評価手法の検討や内部格付けの最低基準の設定を進めた後、必要に応じて成果をECBとしての信用格付けの枠組みに取り込むことを展望する。

一方、担保評価自体については、2022年にかけて気候変動リスクの反映状況を確認した後、2024年にかけてはそれらの適切な運営を監視するほか、必要に応じて枠組みを変更する。

最後に第六の領域は社債買入れ(CSPP)における気候変動リスクの反映と政策運営の見直しである。前者に関しては、2022年にかけて気候変動リスクを適切に織り込んだうえで、CSPPに関する気候変動関連の情報開示を準備するほか、気候変動を考慮したCSPPの運営手法を提案し、2022年の後半に実践に移すとしている。

一方、後者については、CSPPを含む金融政策手段について、市場中立性や市場の効率性の点から代替案との比較を含む検討を行い、2022年には特にCSPPについて、代替的なベンチマークを提案するとしている。

記者からは、金融政策の見直し全体との関係も意識した上で、気候変動対応が進むとインフレ率が高まるのではないかとの懸念が示された。

ラガルド総裁は、炭素排出の規制や企業のトランジションのための設備投資等によって、物価に上方圧力が生ずる可能性を認めた。もっとも、同時にエネルギー価格等には下落圧力も生ずるとの見方を示し、こちらの影響がより大きいとの考えを示唆した。

また、別の記者からは、ECBによるCSPPが企業の環境汚染を却って助長している恐れを含めて、金融市場に影響を与えている可能性が指摘された。

これに対してラガルド総裁は、新たな行動計画の下では、適格担保も買入れ対象の社債も適切な情報開示が求められるとしたうえで、結果としてECBのポートフォリオの評価も容易になると説明した。また、ECBが企業にこうした情報開示を要求することで、トランジション・ファイナンスの円滑化にも資するとの期待も表明した。

政策運営への影響

気候変動対応の面からも、直ちに政策運営に大きな影響を及ぼすことは考えにくい。実際、ラガルド総裁が説明したように、グリーン資産はCSPPや適格担保の枠組みに既に取り込まれている。

ただし、上記のような情報開示等の整備によって市場が一層拡大し、かつ価格評価やヘアカットで差別化が可能になれば、グリーンオペやグリーンQEのように焦点を絞った政策手段を導入する余地や可能性も拡大することになる。

執筆者情報

  • 井上 哲也

    金融デジタルビジネスリサーチ部

    主席研究員

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