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CBDCによるクロスボーダー支払(BIS等による共同報告)

2021/07/12

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はじめに

国際決済銀行(BIS)の支払・市場インフラ委員会(CPMI)とイノベーション・ハブ、国際通貨基金(IMF)、世界銀行(IBRD)は、7月9日、クロスボーダー支払におけるCBDCの利用の可能性や課題に関する共同報告書を公表した。

報告書の位置づけ

昨年10月のG20で、クロスボーダー支払が抱える多様な問題が提起されたことを受けて、FSBとBIS(CPMI)はその改善に向けたロードマップを提示した。CBDCの活用はその柱の一つとされ、 ①CPMIは冒頭にあげた各組織と共同でCBDCの想定される枠組みやクロスボーダー支払での利用可能性を整理、②IMFは関連当局と共同で、CBDCのクロスボーダーでの利用に伴うマクロ金融面の影響を分析、という宿題が示されていた。

今回の共同報告は①に対する回答であり、G20は②の結果とも併せて、ロードマップのレビューや修正を行うことが想定される。

筆者が事務局を務める「通貨と銀行の将来を考える研究会」でもロードマップを取り上げたが、大半が官民双方による既存の取組みの促進であり、CBDCの活用は最後(19番目)の柱として長期的な課題と位置づけられた印象を受けた。実際、主要国によるCBDCの枠組みは未決定であるだけに、宿題への回答は結果的には時期尚早となる可能性も残る。

それでも、本報告書が現時点で公表され、同時に開催されたG20財務相・中央銀行総裁会議が共同声明で本報告書に言及したことは、昨年秋に比べて、クロスボーダー支払におけるCBDCの利用というテーマが相対的に重要度を増したことを示唆する。

その理由は本報告書からは明らかでないが、1)特にWholesale CBDCの分野で、新興国だけでなく先進国でも多くの中央銀行による国際的な共同実験が進捗したこと、2)”global stable coin“を巡る動きが活性化したこと、の2点が推測される。

CBDCの構想におけるクロスボーダー利用の位置づけ

本報告書の第1節は、クロスボーダー支払が抱える課題を整理しているが、既に広く知られている内容なので本コラムでは省略する。

続く第2節では、BISによる年次のアンケート結果をもとに、 CBDCの調査や開発を行う中央銀行のほとんどは、自国のCBDCの海外での利用に関するスタンスを決めていない一方、海外発行のCBDCが国内で幅広く利用される際には何らかの規制を課す考えを有している点を明らかにしている。

その上で、Retail CBDCの2つの実例(バハマと東カリブ諸国)とともに、中国のデジタル人民元構想を取り上げ、外国人の来訪者による中国滞在中のwalletでの使用だけでなく、海外当局との合意があれば、海外のリテール決済システムとの連携や海外企業との人民元建て支払での使用が実現する可能性を指摘した。

これらの議論を踏まえて第2節では、BIS Papers(Auer, Haene and Holden (2021))で提示された議論に沿って、自国向けに発行するCBDCをクロスボーダー支払に活用するための枠組みを3つのパターンに整理している。

モデル1は、各々がCBDCを発行した上で、データや技術、インターフェイス、規制や監督の面で標準化を図るものであり、日銀も参加する国際共同研究も含め、多くの中央銀行が実際に指向するアプローチである。CBDC以外のクロスボーダー支払の効率化や安全性の向上に向けた既存の取組みと同じ考え方でもある。

モデル2も各々がCBDCを発行するが、技術や決済システムを共通化するもので、シンガポール金融庁とカナダ銀行の共同プロジェクト(Jasper-Ubin)以降、直近のフランス銀行、スイス国立銀行とBISによるケース(Jura)まで、Wholesale CBDCの領域でいくつかの実験が行われている。

モデル3は関係国がCBDCのシステムを統合するもの(multi-CBDC)であり、CBDCによる多国間の支払プラットフォームを構築することになる。こちらも、シンガポール金融庁、タイ銀行、中国人民銀行の共同プロジェクト(Inthanon-LionRock)のように実験の例が散見される。

各モデルによるメリットと課題

本報告書の第3節は、まず、各モデルがクロスボーダー支払の現在の課題をどの程度克服しうるかを検討している。

モデル1は、既存の枠組みに中央銀行マネーによる支払という新たな選択肢を提供し、競争の促進やアクセスの改善を通じて、システムの分断と独占の弊害を抑制すると評価した。モデル2は、これらに加えて関係国間のPvPを実現する点を指摘し、さらにモデル3は、外国為替取引のプラットフォームの統合を通じて市場の分断や複雑さを抑制し、CBDCの共同発行に繋がる可能性を指摘した(詳細は本報告書の表1を参照)。

一方で各モデルの課題に関する比較は行わず、CBDCをクロスボーダー支払に用いることに伴う一般的な影響を議論するに止めている。マクロ金融面の影響に関する分析(上記②)はIMFの宿題であるだけでなく、本報告書が説明するように、一般的には統合度が高いほどマクロ金融面での影響が大きいとしても、その度合いは設計如何という面も大きいからであろう。

その上で第3節は、第一に国際間での資本移動と経済資源の効率的配分に貢献する可能性がある一方、金融ストレスの波及や資本フローの急変のリスクを高める恐れもある点を指摘した。また、規制や監督が不十分となる可能性がある一方、プログラムを含めて新たな対応の余地がある点も示唆している。

第二に外国通貨の使用コストの低下とネットワーク効果によって、通貨代替(いわゆるdollarization)が進む可能性を挙げた。その場合、関係国の双方で金融政策の波及に変化が生ずるほか、自国通貨の使用が低下する国では最後の貸し手(LLR)の機能が低下する点も含め、金融システムが不安定化する恐れを挙げ、この点に対する対応の重要性を示唆した。

最後に利便性やコストの点で国際準備通貨の相対的地位に変化が生じる可能性を指摘した。つまり、支払手段としての利用拡大は、運用手段の充実や資金調達手段としての拡大を通じて、自律的に国際準備通貨としての機能を強める可能性があるからである。

もっとも、国際準備通貨は法制面への信認や金融市場の対外開放性、法の支配や地政学的な要素に支えられる面も大きいとして、その変化には時間がかかるとの見方を示した。

執筆者情報

  • 井上 哲也

    金融デジタルビジネスリサーチ部

    主席研究員

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