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中央銀行による気候変動への対応

2021/07/19

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はじめに

本コラムでは、今回(7月)の金融政策決定会合(MPM)の後に公表された「気候変動に関する日本銀行の取り組み方針」をもとに、この分野における中央銀行の対応について検討したい。

中央銀行のマンデート:時間的視野

日銀が前回(6月)のMPMで気候変動対応の新たな資金供給オペの導入方針を決定した後、市場では、中央銀行のマンデートとしての適切さについて様々な意見が示されてきた。

この点に関して黒田総裁は、今回(7月)のMPM後の記者会見で、 ①気候変動は金融経済に大きな影響を与えるだけに、物価と金融システムの安定という中央銀行の目標達成に関連する、②中央銀行は気候変動への対応において有効な政策手段を有する、という二つの理由を挙げている。

つまり、金融経済には多くの課題が存在するが、気候変動は上記の二つの条件を満たす意味で、中央銀行が政策対応を行うことに合理性が存在するとの理解を示した訳である。

こうした考え方には賛同が得られるであろうが、市場には、気候変動対応に金融政策を活用することに慎重な見方が残ることも考えられる。理由の一つは、気候変動には超長期の取り組みが求められる一方、通常の金融政策は数年単位の景気循環に対応するものであり、時間的視野に大きな違いがある点である。

日銀だけでなく主要国の中央銀行では物価目標の達成のために、既に長期に亘る金融緩和を続けており、従って既に長期の視点が持ち込まれていると言っても、例えば、今後数十年の間には、物価構造の変化によって中央銀行が中期と超長期の政策目標のトレードオフに直面することも考えられる。

こうした懸念を払拭する上では、中央銀行が行使する政策手段は中期的な視点に基づく点を明確にしておくことが考えられる。日銀の取り組み方針が明記するように、気候変動への対応の主役は民間であり、政策対応の役割は早期で力強いスタートを促すことにある。そのためには、front-loadingで中期的な対応も十分に意味があり、かつNGFSの早期対応シナリオとも整合的である。

中央銀行のマンデート:金融仲介機能の維持

金融政策の活用に対する慎重な見方のもう一つの理由は、企業が気候変動対応に必要な資金を調達する上で、中央銀行がそれを支援することが適切かという疑問である。

懸念の焦点は、中央銀行が過剰に介入することは、金利などの市場メカニズムを通じた資源配分に歪みをもたらし、マクロの生産性や成長力を損なう恐れである。また、特定の産業や特定のプロジェクトを支援するのであれば政策金融機関を活用すべきであり、中央銀行がこうした領域に踏み込むことは、政治的な中立性の毀損も含めて、様々な副作用を生ずることが考えられる。

日銀の取り組み方針もこの問題を意識し、政策の運営に際して配慮する考えを示している。つまり、今回導入する資金供給オペは、金融機関が取引先の気候変動対応を評価し、それに基づいて行う投融資にバックファイナンスを行うものであるだけに、黒田総裁もこうした懸念には当たらないと説明している。

もっとも、中央銀行がこうした政策対応をとるのは、民間に完全に委ねた場合には「市場の失敗」を招き、必要な資金が供給されない可能性を意識しているからである。このため、問題は政策効果と副作用とのバランスを取ることにあり、選択肢の一つは時限的な措置とすることである。気候変動には超長期の対応が必要であるとしても、日銀の政策対応は「きっかけ」を作ることに注力し、あとは金融機関と取引先による自律的な対応が進む環境を整えることに注力する訳である。

なお、中央銀行と市場との見方のギャップには、金融政策の内容が変質した点も関係している。

日銀を含む主要国の中央銀行は、政策金利や資産買入れの調節だけでなく、政策効果が適切に波及するよう、金融仲介機能を維持することも金融政策に含まれるとの考え方が共有されている。こうした理解は金融危機への対応で形成され、そのための手段やノウハウも蓄積されている。

従って、中央銀行が金融仲介機能の維持という拡張された金融政策の役割を、気候変動に対応する企業の資金調達の円滑化に応用しうると考えることは合理的であり、先に見た黒田総裁の挙げた後者(②)の条件に関する議論とも整合的である。

気候変動に対する中央銀行の役割

これらの検討も踏まえつつ、中央銀行の役割を目的に即して改めて整理すると以下のようになる。

第一に、気候変動に伴う金融経済への影響やリスクを把握することである。金融システムの面では金融当局との協力が必要だが、個別金融機関は主として金融当局、金融システム全体は中央銀行が各々主体的な役割を果たすという整理は可能である。

一方で、実体経済への影響やリスクの把握は、中央銀行の本来のマンデートに密接に関わるほか、気候変動では実体経済と金融システムの相互作用が重要であるだけに、この点でも危機対応等を通じて中央銀行が蓄積してきた識見が有用となる。

第二に、気候変動に関するデータの整備や分析に貢献することである。企業や金融機関による情報開示の充実は金融当局や会計標準組織の役割であるが、気候変動に関するデータを整備することは、特に経済や金融システムに関する面では中央銀行の果たすべき役割も大きい。

分析の面では、NGFS等を通じたシナリオの設定やマクロストレステストの実施に関して、中央銀行は既に成果を挙げつつあるが、データの整備と車の両輪であり、上記の第一の役割を果たす上での前提であるだけに重要性の高い分野である。

第三に、金融経済のリスクを抑制し、円滑な移行を促すための政策対応である。ここでは、炭素税の運営や産業構造の改革、代替エネルギー等の技術革新の促進など、あくまでも主役は政府である。一方で、中央銀行もマクロ・プルーデンス政策を活用したり、本コラムで見たように必要な資金の流れを促進するといった役割を果たすことができる。

最後に、気候変動には外部性への対応も含めてグローバルに整合的な対応が求められるだけに、日銀が指摘したように、上記の各役割において国際協力に貢献することも重要である。

執筆者情報

  • 井上 哲也

    金融デジタルビジネスリサーチ部

    主席研究員

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