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ECBの戦略見直しに関する理事会のAccount

2021/08/02

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はじめに

ECBが金融政策の戦略見直しの結果を決定した7月7日の政策理事会では、執行部の提案にメンバーが同意を示したが、ラガルド総裁の記者会見では触れられなかった論点も提示されていた。

政策目標

ラガルド総裁は、執行部の立場から、理事会の議論を確認する形で、物価目標を明確化し、インフレ期待をアンカーすることが物価目標の修正の目的であると説明した。その上で、理事会としては、中期に2%を目指すことが、国際的に標準的な物価安定の定義であり、デフレショックに対する金融政策の有効性を維持するために有用と考えた点を確認した。また複雑であった従来の目標に比べ、新たな目標は2%が上限でない点を明確に伝え、上下双方の乖離ともに望ましくない点を示すとした。

一方で、理事会としても、現在のように景気循環を通じて政策金利がELBの近傍にある下では、インフレの下方への乖離が定着しないよう、特に強力ないし継続的な金融緩和が必要であると認識し、その際には、インフレ率が一時的には目標を緩やかに上回る状況が生じうるとした。

さらに、ラガルド総裁は、物価目標の中期的な達成を目指すことで、フォワードルッキングかつ経済と物価のバランスを考慮した政策運営が可能になると説明したほか、ショックの性質に応じた柔軟な対応や、雇用と金融安定、気候変動のような他の要素の考慮も可能になるとした。

これに対し理事会メンバーは、全会一致で新たな目標を支持し、 2%目標はインフレのコストの抑制と下方ショックへの政策対応の余地をバランスさせるものとして評価した。また、ELB近傍での強力ないし継続的な金融緩和の必要性と、インフレの一時的なオーバーシュートの可能性も確認された。

この間、インフレの指標については、ラガルド総裁は理事会として引続きHICPが望ましいと判断した点を確認する一方、欧州市民が住宅コストの取り込みを要望した点を踏まえ、理事会として帰属家賃をHICPに含めるよう要請したことを説明した。また、この点に関するEurostatの対応には時間を要するだけに、当面は試算値を参照する考えを示した。

理事会メンバーもHICPが質と速報性の点で最善の指標である点を確認する一方、帰属家賃をHICPに取り込むための努力の必要性も認識し、この点に関するEurostatの対応を歓迎した。その上で、住宅価格はあくまで消費との関連で考慮するものであり、資産価格を目標に政策を運営する訳ではない点も指摘された。

政策手段

同じくラガルド総裁は、理事会における慎重な検討の結果、 Corridorを形成する三つの政策金利が第一の政策手段であり続けるとの結論に至った点を確認した。

一方で、フォワードガイダンス、資産買入れ、長期資金供給オペといった他の手段も、過去10年において、ELBに伴う政策効果の制約を軽減する上で有効であったと評価し、今後もELBの近傍では、理事会がこれらの手段を活用し続ける考えを説明した。

理事会メンバーもこうした「他の手段」が発動しうる政策手段の一部である点を確認した。その上で、こうした手段を活用する際には、効果と副作用の不確実性やインフレ期待の2%目標からの乖離のリスクなどを考慮すべき点も指摘された。

政策判断の枠組み

ラガルド総裁は、政策判断の基礎となる分析の従来の枠組みが、物価安定に対するリスクを経済分析と通貨分析の「2本の柱」から相互にチェックしつつ評価するものであった点を確認した。

その上で、新たな枠組みは既存の枠組みの長所を生かしつつ、通貨や金融の動きが複数の経路を通じて経済との相互作用を生ずる現状の下で、統合的な分析の意義を示すとした。

加えて、近年は通貨分析の焦点が金融政策の波及メカニズムにシフトしていた点や、マネーサプライと物価との関係が従来より弱まっていた点、金融危機によって経済と金融のリンクがより重要になってきた点が、統合的な分析の必要性を高めたと指摘した。

この点に関する理事会メンバーの議論は、今回のaccountでは明示的に記載されていない。

気候変動への対応

同じくラガルド総裁は、執行部の立場から気候変動への対応がECBのマンデートにおいて戦略的な重要性を持つとの考えを示した上で、理事会として、金融政策の戦略見直しにおいてこの問題を明示的に取り上げたことを確認した。

その上で、理事会が、①気候変動による金融政策の効果の波及や金融安定に与える影響を評価するため、マクロ経済モデルの開発や新たな統計指標の開発などの分析能力を拡充する、②担保の適格認定や資産買入れに関して気候変動対応に関する情報開示を要求する、③CSPPや担保評価における気候変動リスク評価の枠組みを導入する、という点からなる野心的な行動計画を採用した点を確認した。

理事会メンバーも、気候変動が今や様々な経路を通じてECBのマンデートに影響している点を確認した。また、気候変動への対策の第一義的責任は政府にあるとしつつ、ECBとして、マンデートの範囲内で行動計画を実行し、政策運営の枠組みに気候変動への考慮を一段と取り込むことに合意した。

コミュニケーション

ラガルド総裁は、戦略見直しの途上で金融政策のコミュニケーションも取り上げたことを確認するとともに、新たな時代に即した改善の必要性を説明した。具体的には、従来の冒頭説明に代わり、口語体で簡素な声明文を導入するほか、より広範な市民に向けた金融政策のコミュニケーションを導入するとした。

理事会メンバーも、ECBが市民とのつながりを有することや市民が金融政策に関心を有することは非常に重要な資産であると評価した。その上で、こうした関心の存在は、ECBがより広い市民に向けて、金融政策の決定をよりアクセスしやすい形で伝えるよう努力する上で、心強い動きであると評価した。

なお、ラガルド総裁は、今回の戦略見直しが2003年以来18年ぶりである点を踏まえ、透明性と説明責任の観点から一定の間隔で見直すべき点を強調し、次回は2025年に行うと説明した。

執筆者情報

  • 井上 哲也

    金融デジタルビジネスリサーチ部

    主席研究員

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