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ECBの9月政策理事会のAccounts-Upside risks

2021/10/08

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はじめに

ECBの前回(9月)の政策理事会では、PEPPによる資産買入れペースの緩やかな減速を決定したが、メンバーの間では今後のインフレに関する上方リスクが相応に意識されていた。

経済情勢の判断

レーン理事は、経済回復が予想以上に進捗したとの見方を示した。

このうち製造業は供給制約に影響を受け、労働力不足も顕在化した一方、サービス業は感染抑制策の下でも回復したほか、設備投資や住宅投資も改善したと説明した。また、雇用維持策の役割が減衰する中でも失業率が低下し、家計のマインドが改善したほか、貯蓄率にも低下の兆しがみられると指摘した。

理事会メンバーもこうした評価に概ね(generally)合意し、ワクチン接種率が70%以上に達した中で、経済活動の大半が再開し、年末までに生産水準がCovid-19前を回復するとの見方を示した。また、執行部が改定した見通しに幅広く(broadly)合意するとともに、中心シナリオへのより強い信認を示した。

先行きのリスクも上下に概ねバランスしていると評価し、上方リスクとして貯蓄の取り崩しによる消費の拡大を挙げ、この間の資産効果や雇用者報酬の見通しの好転による効果に期待を表明した。一方、下方リスクとしては、感染者数の再拡大による経済活動再開の遅延や供給制約の長期化の可能性を指摘した。

物価情勢の判断

レーン理事は、インフレ率の加速がエネルギー以外の工業品(NEIG)の価格上昇によるとしつつ、概ね一時的な現象に止まるとの見方を示した。

この間、基調的インフレ率の緩やかな改善を歓迎したが、目標までには距離がある点を確認した。また、第2四半期の賃金上昇率も改善したが、労働パターンの正常化に伴う水準効果による面が大きく、賃金上昇圧力が国ごとに大きく異なる点を指摘した。

理事会メンバーもこうした評価に幅広く(broadly)合意し、インフレ上昇の背景として、エネルギー価格の大幅な振れやドイツのVAT減税の終了、供給制約の影響などを挙げた一方、インフレの基調や賃金は緩やかな回復を続けるとの見方を示した。

また、執行部が改定した見通しに合意しつつ、インフレの高止まりが続くリスクを議論し、2023年の見通しが過小評価となる可能性を示唆した。具体的には、エネルギー価格の高止まり、供給制約の長期化、Philips Curveのsteep化の可能性が挙げられ、足元の構造変化を計量モデルが捕捉しえないリスクが指摘された。

加えて、気候変動への対応や将来の炭素価格の上昇が長期に亘って価格上昇圧力となる可能性も指摘された。

一方で、賃金やULCの上昇は抑制され、契約賃金の交渉でもインフレ上昇は影響していないとの反論も見られたが、インフレ上昇要因が長期化した場合は、賃金への二次的影響も強まるとの指摘もなされた。

この間、市場ベースのインフレ期待は明確に改善したが、インフレ目標は依然として下回っているほか、家計や企業の期待の動向も注意すべきとの指摘がなされた。

これらを踏まえ、先行きのリスクは上方に傾いているとの見方が幅広く示された。もっとも、足元でのインフレの過小評価は、長年に亘る過大評価に照らして位置づけるべきとの指摘もなされた。

金融環境の評価と政策判断

レーン理事は、広範な指標をもとに資金調達条件が引続き緩和的と評価した上で、インフレ見通しの改善も踏まえると、PEPPによる資産買入れのペースを年内は若干減速することが可能との判断を示した。もっとも、顕著に減速するとユーロ高も含めて金融環境の不必要なタイト化を招くとし、必要な程度の金融緩和を維持する(lock-in)することが重要と指摘した。

理事会メンバーも、Covid-19によるインフレ引下げに対応し、インフレ期待を中期目標にアンカーする上で緩和的な政策スタンスの維持が必要との見方に合意した。また、資金調達環境は引続き緩和的であり、株価や貸出金利からみて金融環境も良好であると評価したほか、インフレ見通しは本年を通じて明確に改善し、かつての下方修正の繰り返しから脱却したとの理解を示した。

これらを踏まえ、理事会メンバーはレーン理事による政策判断を全会一致で支持したが、PEPPによる資産買入れの運営については多様な意見が示された。

まず、資金調達環境とインフレ見通しを踏まえると、大量の買入れに伴う副作用の抑制も含めて、資産買入れペースのより顕著な減速が可能との指摘がなされ、年初と同程度でも適切とした上で、市場のストレスには柔軟に対応しうるとの指摘がなされた。

これに対し、長期金利の足許での上昇の兆しを踏まえ、資産買入れペースの減速はより慎重にすべきとの指摘もあり、買入れペースの減速が金融政策のタイト化の思惑、特に資産買入れのテーパリングとの理解を市場で生ずるリスクも指摘された。

もっとも、市場にはPEPPが2022年春に終了するとの見方があるが、金融環境のタイト化は生じていないとの指摘もなされ、資金調達条件とインフレ見通しによってPEPPによる資産買入れペースの調節を行うことが金融環境の不要なタイト化を招く訳ではないとの反論も示された。さらに、既往の資産買入れによる残高効果が緩和的な金融環境を維持しうるとの指摘もあった。

さらに、PEPPは危機対策として設計されただけに、他の政策手段で対応すべき一般的な金融政策と区別すべきとの意見もあり、 PEPPがなくても金融環境は十分に緩和的との指摘がなされた。一方で、金融緩和が早々に解除される印象を与えると、ECBによるインフレ目標達成の決意に疑念を生ずるとの反論もみられた。

これらの議論を踏まえ、理事会メンバーは長期のインフレ見通しの上方リスクに注意すべき点を認識した一方、現在のインフレ見通しに満足している印象を与えないようにすることの重要性も共有された。

また、PEPPによる資産買入れペースの若干の減速は、あくまでも(予て設定された枠組みに沿った)資金調達条件とインフレ見通しの評価に基づくものであり、テーパリングや資産買入れの終了を意味するものでない点を明確に示すべきとの指摘がなされたほか、資産買入れの減速後もECBの金融政策は高度に緩和的である点が確認された。

執筆者情報

  • 井上 哲也

    金融デジタルビジネスリサーチ部

    シニア研究員

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