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米国政府によるStablecoinに対する規制方針

2021/11/02

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はじめに

米大統領金融市場ワーキンググループ(President’s Working Group on Financial Markets)が公表した報告書は、適切に設計され規制されたStablecoinが支払の効率化や高度化に資する点を認めつつも、将来に向けて多くのリスクをもたらす可能性があるとして、整合的で包括的な規制の下に置くことを提言した。

Stablecoinの現状

報告書の第1章は、現状分析を元に課題を浮き彫りにしている。まず、Stablecoinの発行と償還に関しては、裏付資産の内容やその開示に関するばらつきや、裏付資産の流動性、保有者に対する償還の制約(タイミングや規模)等の課題を指摘した。

また、Stablecoinの移転や保管については、public blockchainを用いる場合には(consensusの必要性等のため)処理速度に制約が生ずる一方、permissioned blockchainの場合にも設計如何では(管理者の問題等により)透明性等に問題が残るとした。

その上で、Stablecoinを用いた支払が、①ガバナンス、②裏付資産の運用、③裏付資産の管理、④決済、⑤Stablecoinの移転の5つの機能から成り立つことを確認した上で、これらが多くの事業者の間で分権的に担われている現状を指摘した。

さらに、現在はStablecoinによる支払が主として他のデジタル資産の取引やDefiのために活用されているとの認識を示す一方、いくつかのStablecoinが企業や家計による一般的な支払での活用を展望している点も認め、利用者による信認が高まればネットワーク特性等によって実現する可能性も指摘した。

リスクと監督のギャップ

第二章は、上記の現状分析を元にStablecoinのもたらすリスクを整理している。

第一に価値喪失のリスクであり、利用者は①裏付資産の価値下落や流動性の低下、②裏付資産の保護の不備、③償還の権利の不透明化、④サイバーやデータに関するオペリスク、によって信認を喪失すると指摘した。その場合、状況如何では償還の集中による裏付資産のFire saleとシステミックリスクが顕現化しうる。

第二に支払自体に係る各種のリスクであり、報告書も本質的には既存の支払手段と同じである点を認めつつ、上記のように多様な機能が分権的に担われているために、リスク管理の責任や説明責任の所在が不明になるというStablecoin固有のリスクの可能性も指摘している。

さらに支払リスクを構成する個別の要素に関しても、例えばオペリスクの面では取引の認証や確認での支障、決済リスクの面ではfinalityの定義やタイミングの不透明性、流動性リスクの面ではStablecoinと他の金融資産取引との稼働時間の相違、といった新たな要素が存在する点に注目すべきとした。

第三に規模のリスクであり、現在の使用規模は小さいが、今後に成長すれば、①Stablecoinの発行者または運営者の破綻に伴うシステミックリスクの顕現化、②そうした主体と非金融企業の一体化による経済力の過度な集中、③Stablecoinが普及した下での競争制限的な行為といった問題を生ずる恐れを指摘した。

その上で、米国のStablecoinはこうしたリスクに対して整合的なプルーデンス規制に服していない点を認め、整合的で包括的な規制対応が必要と結論付けた。

規制に関する提言

報告書の第三章は、導入すべき規制の内容を示している。まず、利用者の保護とシステミックリスクの防止のため、連邦議会は速やかに行動すべきとし、新たな法制はStablecoinの発行や償還、裏付資産の運用に関する制限や発行体の預金金融機関への限定を含むべきとした。

また、Stablecoinを発行する預金金融機関は、従来と同様、個別金融機関ベースでは連邦監督当局、コンソリベースではFRBの監督に服する点を確認し、自己資本や流動性に関する規制や(FDICによる)破綻処理スキームの下に置かれることも確認した。

さらに、Stablecoinの運営が分権的に行われる実情を踏まえ、支払リスクの抑制のために連邦議会が、Walletの運営者に対しても、消費者向け貸出での利用の制限や適切なリスク管理と、自己資本や流動性の規制といった措置を取るべきと指摘した。

経済力の過度な集中を防止する観点からは、Stablecoinの発行体による非金融活動との連携の制限や、Stablecoin間での相互運用性の促進に向けた標準化、Wallet運営者による非金融活動との連携や利用者の取引データの活用に対する基準の設定を提言した。

その上で、立法措置が伴うまで、監督当局は既存の手段を活用して対応すべきと指摘し、預金金融機関がStablecoinの発行を申請した場合の銀行監督当局の対応や、Stablecoinが(裏付資産の請求権という意味で)証券である点を踏まえた証券監督当局の対応、普及した下での消費者保護当局の対応等に言及した。

最後に、Stablecoinがシステミックな意味合いを持ちうる点を踏まえ、本報告書はFSOCが具体的な対応を検討すべきと指摘するとともに、Stablecoinの運営の一部をシステミックに重要な支払・クリアリング・決済(PCS)に認定することでリスク管理の基準を適用する可能性も示唆した。

本報告書の特徴点

本報告書は、FSBやCPMI/IOSCOによるStablecoinに関する議論と連携して書かれたことが明記されており、以前の本稿で取り上げたようにそれらの内容と論点の面では共通している。

一方、提案した規制内容は、Stablecoinの発行体を預金金融機関に限定すべきとか、発行体だけでなくWalletの運営者などを含む関係者全体に行為規制やプルーデンス規制を課すべきとしている点で具体的な内容となっている。さらに、消費者向け貸出での利用や非金融活動との連携、利用者のデータ活用に関しても制限の方向を打ち出した点が注目される。

もちろん、これらの提言が連邦議会でそのまま採用されるとは限らないが、米国政府が厳しいスタンスを示した背景には、米国内でStablecoinの取引が急増していることだけでなく、Stablecoinの分権的なビジネスモデルが米国特有の監督当局の分断のために適切に把握しえないとの懸念も関係しているように見える。

執筆者情報

  • 井上 哲也

    金融デジタルビジネスリサーチ部

    シニア研究員

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