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ECBのFinancial Stability Review-マクロプルーデンス手段

2021/11/22

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はじめに

ECBによる今回(11月)のFSRは、ユーロ圏の金融システムがCovid-19の影響を総じて早期に克服した点を歓迎した一方、残されたリスクも指摘している。本コラムではそうしたリスクに着目しつつ、内容や対応策を検討したい。

ノンバンクによる金融仲介

第3章で整理されているように、ユーロ圏の銀行部門では懸念されたほどの不良資産が発生せず、収益性も(高いとは言えないが)Covid-19前の水準を回復しつつある。域内国政府が債務保証や返済猶予等の金融支援策を実施したことと、銀行部門の頑健性(自己資本比率等)が高かったことが主たる背景である。

一方、第4章で議論されているように、Covid-19前から拡大していたノンバンクによる金融仲介は、ECBによる強力な金融緩和の下で成長を続けている(BOX7)。しかも、低金利環境で利回りを確保するよう、資産の満期構成は長期化し、低格付け資産のウエイトも高まっている(Chart 4.2や4.4)ため、FSRは、今後に金融市場が変化した場合の金融仲介への影響に懸念を示している。

ただし、ユーロ圏に関して注意すべき点は、ノンバンクの中でも生命保険や年金基金という伝統的かつ強い規制下にある主体のウエイトが高い点である。しかも、Covid-19前には(日本と同じく)低金利環境下での持続可能性が問題視されただけに、利回り追求自体を否定することには難しい面がある。そうでなく、域内国当局は、既存の規制・監督を活用することで、こうした主体に適切なリスク管理を求めることは可能である。

一方で、各種のファンドも含むノンバンク全体が、マクロ的にみて同様なリスクポジションを拡大させると、市場の急変時には資産の換金売りが集中的かつ大規模に生ずることで、資産価格のvolatilityの急上昇と金融システムの不安定化を招くリスクは残る。その意味では、先日に検討したFRBのFSRの議論と同様に、 ECBもMMLR的な意図を込めたクレジット市場への一時的かつ大規模な介入を用意しておくことが有用となりうる。

ソブリンリスクへのシフト

Covid-19による金融経済への打撃が想定より抑制されたのは、前節でみた金融支援も含む大規模な財政出動が実施されたからである。この間、企業や家計の負担は政府へと実質的にシフトされ、域内国の財政債務は顕著に拡大した。

もちろん、本年秋までに域内主要国の多くが債務保証や短時間労働への補助といった財政対策を実質的に終了させ、経済成長も回復したので、フローの財政赤字は明確に改善している。もっとも、ユーロ圏は(日本と同じく)潜在成長率が低いだけに、経済が巡航速度に回帰しても、ストックの意味での財政状況の改善には時間を要する。

第1章のBOX1に掲載された図表(Chart B)は、相対的な低債務国と高債務国の双方ともに、蓋然性のあるシナリオの下で、政府債務の対GDP比率がCovid-19前の水準に戻るには10年近くを要するという推計を示している。しかも、名目成長率と名目金利の差が歴史的平均程度で推移した場合、そうした比率はむしろ上昇し続けるリスクも示唆している。

今後10年間には新たなショックに見舞われる可能性があるだけに、ストックの意味で財政状況の顕著な改善を望むことは難しい。その際に高債務国への市場の集中的圧力を避ける意味でも、 NGEUを契機とした財政統合の動きが重要な意味を持ちうる。

住宅価格の高騰

ECBのFSRは、Covid-19のはるか前から住宅価格問題を取り上げてきたが、大都市部に限定された事象であるとか、投機目的の売買が主体でないといった理由で、深刻さは低いと評価してきた印象が強い。しかし、今回(11月)のFSRでは冒頭のOverviewで主たるリスクとして重視する姿勢を示している。

Covid-19にも拘らず、住宅需要は域内国政府による経済対策によって家計の所得や雇用が支えられた上に、ECBのPEPP等による長期金利の抑制もあって堅調さを維持している。

加えてFSRの第1章は、これに資材や建設作業者の不足という供給制約が重なったことで、価格上昇圧力が強まったとの見方を示すとともに、住宅価格には今後の調整リスクが大きいとしたほか、変動金利ないし短期固定金利の借り手が金利の急上昇にさらされるリスクにも懸念を示した(第1章5節1)。

もっとも、この問題の対応には難しい面がある。まずマクロ的には、ECBの強力な金融緩和が原因の一つである点が否定できない。しかも、足元でインフレ率が上昇したことで、実質の政策金利が大幅にマイナスとなり、政策効果は自動的に強化された。

ECBは住宅価格の安定を目指して金融政策を運営している訳ではないが、住宅価格の高騰リスクを強調すればするほど、金融機関や市場から金融緩和への批判が高まることになる。

一方、ミクロ的にはユーロ圏ではよくあることだが、域内各国によって状況が大きく異なる。今回(11月)のFSRも第1章でこの点を認め、Chart 1.14は足元で住宅価格の高騰が相対的に顕著である国々(ルクセンブルク、オーストリア、ドイツ、オランダ、ベルギー)は、Covid-19前から住宅価格の上昇率が相対的に高かったことを示している。このため第5章では、問題の深刻な国々に対して銀行規制上の対応を強化するよう求めている。

実際、ESRBはCovid-19前の2019年9月に4か国(ルクセンブルク 、オ ラン ダ、ベルギー、 フ ィンラ ン ド ) に政策対応のrecommendation、2か国(ドイツとフランス)にwarningを各々発出したが、一部の国は全く対応しない、ないし限定的な対応に止まっている(Chart 5.1)。

ちなみに対応策の代表的な選択肢は、自己資本比率規制上のリスクウエイトの増加と、LTVやDTI等の上限の引下げであり、上記の4か国の全部がLTVの上限、うち3か国は内部格付によるリスクウエイトに関する対応を講じている。その上で第5章は、システミックリスクの上昇が予想される場合はCCyBの引上げも選択肢とすべきという提言を示した。

その上で、今回のマクロストレステストの結果を踏まえ、金融仲介全般への副作用は小さいと主張しているが、BOEのように「柔軟」に運営してきた訳ではないだけに、CCyBの変更は重い意味をもちうるほか、長いタイムラグという問題もある。まずは、問題が深刻な国での個別対応が優先課題であるようにみえる。

執筆者情報

  • 井上 哲也

    金融デジタルビジネスリサーチ部

    シニア研究員

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