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ECBの10月の政策理事会のAccounts-Second round effect

2021/11/26

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はじめに

ECBの前回(10月)の政策理事会では、インフレの持続性如何に議論が集中した一方、次回(12月)会合で来年春以降の資産買入れの運営方針を決定することには慎重な意見もみられた。

経済情勢の評価

レーン理事は、経済活動の回復の継続を確認しつつ、供給制約と投入コストの上昇に伴う先行きの不透明性を併せて指摘した。

製造業では在庫の減少と配送の遅延が生じ、ECBによる電話アンケートの結果は、供給制約の解消に少なくとも半年、投入価格の低下には1年以上かかることを示唆していると説明した。同時に、設備投資や住宅投資も資材と労働力の不足に影響を受け、サプライチェーンの問題が域内貿易に影響を与えていると指摘した。

この間、失業率はCivid-19前の水準に戻ったが、域内国政府による雇用支援策の寄与や労働参加率の低下からみて、労働市場の状況は弱いと評価した。

先行きのリスクは上下に概ねバランスしていると評価し、家計貯蓄の早期の取崩しを上方要因として挙げた一方、供給制約の長期化と高水準の投入コストの継続を下方要因として指摘し、交易条件の悪化が企業収益を圧迫するリスクに懸念を示した。

理事会メンバーもこうした評価に概ね(generally)同意し、供給制約の想定以上の継続を確認した。もっとも、その影響は国や産業によって異なるほか、需給がバランスすることで解消していくとの理解も確認した。また、次回(12月)会合では2021年の経済成長率見通しを下方修正するが、2022年の見通しをその分上方修正する可能性も示された。

加えて、理事会メンバーは”stagflation”のリスクも議論し、交易条件の悪化がCovid-19の後遺症(scarring effect)を深刻化する恐れも指摘されたが、景気のモメンタムは低下したが底堅く回復しており、製造業受注の強さや株価が織り込む企業収益の増加などを考慮すると”stagflation”は妥当しないとの結論を得た。

物価情勢の評価

レーン理事は、HICPインフレ率が長期的に高水準に達し、財価格の寄与が顕著に大きい点を指摘した。中でもエネルギー価格は原油だけでなく天然ガスと電力からも上昇圧力を受けている一方、様々なコア指標も明確に加速している点を説明した。

今後も生産者物価の急騰が消費者物価に波及する恐れを指摘しつつ、契約賃金の上昇は抑制され、物価とのスパイラルの恐れは不透明とした。もっとも、ECBが試算した帰属家賃も年率4%を超える上昇を示しているほか、SPFによる5年先のインフレ期待が2%に接近したことを報告した。

その上でレーン理事は、インフレ加速の背景を、①需給双方の要因を反映したエネルギー価格上昇、②経済活動の再開に伴う需要増加、③コロナ問題に伴う特殊要因(VAT減税の効果など)の3つに整理しつつ、HICPインフレ率は第4四半期にピークに達した後、2022年中には上方圧力が緩和するとの見方を確認した。

リスクとしては供給制約とエネルギー価格の高騰の継続を挙げるとともに、賃金上昇については、足許のインフレ加速への単純な反応か、将来に向けた継続的な高インフレへの対応かを見極めることが重要と指摘した。

理事会メンバーもこうした評価や現在の物価シナリオの維持に幅広く同意した。その上で、原油価格の先物カーブを前提とすることの妥当性や天然ガス価格の上昇が(政策措置によって)物価にまだ反映されていない点などの技術的な課題が指摘された。

より本質的には、供給制約やエネルギー価格の上昇は景気回復を遅延させ、最終的に基調的インフレを抑制する可能性が指摘されたほか、労働参加率や労働投入の現状、雇用支援策の効果を踏まえるとslackが残存している以上、供給ショックが継続的なインフレ圧力に転ずる恐れは小さいとの指摘があった。一方で、高水準の貯蓄を背景としたpent-up需要によって、供給要因がインフレ圧力に転じやすいとの反論もあった。

また、賃金上昇には経済成長の継続的な改善が必要との指摘がなされ、実際に契約賃金の上昇はみられない点が確認された一方、インフレ加速後の契約改訂例が少ない点や、second-round effectの把握に時間的なラグを伴う点に注意が示された。

さらに、長期的な低インフレ後の賃金の上方調整は望ましい動きであるとし、second-round effectとは混同すべきでないとの指摘や、企業がシェア喪失の不安から賃金上昇を価格に転嫁しにくい可能性、労働者が雇用維持を優先して賃金引き上げを強く要求しない可能性といった、日本と同様な論点も指摘された。

これに対しては、低位な労働参加率の下で賃金上昇圧力が大きくなるリスクや、Covid-19後にreserve wageが上昇したリスクに言及する反論もみられた。

また、インフレ期待については、サーベイベースと市場ベースがともに一段と上昇した点を確認しつつ、現在の動きは2%近傍へのre-anchoringであって不安定化ではないとの指摘や、市場ベースの推計値にはインフレの不確実性に伴うリスクプレミアムが含まれている点に注意が示された。

金融政策の判断

10月の政策理事会は金融緩和の現状維持を決定したが、理事会メンバーは、インフレ上昇が主として一時的要因によるものの、想定より長期化しており注視が必要である点を確認する一方、中期のインフレ期待は2%以下にアンカーされているとの見方も確認した。

政策運営に関しては、市場の利上げ予想とECBのフォワードガイダンスの整合性も議論になった。

具体的には、①市場はECBの想定より早く利上げ開始条件が満たされると予想した、②市場はECBのフォワードガイダンスを十分消化できていない、の二つの可能性が取り上げられた。その上で、①の場合は政策運営は信認されているが、前回(9月)の物価見通しが過小評価であったことを示唆する一方、②の場合はコミュニケーションを強化すべきとの意味合いが示された。

次回(12月)会合の焦点であるPEPPの運営については、既に対外的に示唆した通り2022年3月で終了する考えが示された一方、今後の経済指標を考慮することの重要性も指摘されたほか、新たな経済見通しだけでは今後の不確実性を払拭するのに不十分として、選択肢を残すべきとの慎重な意見も示された。

執筆者情報

  • 井上 哲也

    金融デジタルビジネスリサーチ部

    シニア研究員

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