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CBDCの内容に関する議論-ECBのOccasional paper

2021/12/13

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はじめに

ECBのPanetta理事、Bindseil局長、Terol氏が共著により12月初に公表したOccasional Paper(No.286)は、デジタルユーロの内容(設計と枠組みの双方)に関する課題を整理している。本コラムでは、当方が事務局を務める「通貨と銀行の将来を考える研究会」が先般公表した「進捗報告」との関係が深い国内利用に関する議論について特徴点を整理する(第5章の議論は割愛する)。

問題意識

第1章では、ECBが政策的な視点に基づくCBDCの必要性を主張してきたが、個人や店舗にとっての必要性を明示してきた訳ではないと説明しつつ、CBDCの成功が、資産運用手段としての利用を避けつつ、幅広い支払・決済に使用されることであると確認した。同時に中央銀行は、CBDCに関して過度な成功を追及したり、比較優位の乏しい領域に注力したりすべきでない点も確認している。

金融仲介との関係

第2章は、CBDCの導入に伴う金融仲介への影響を銀行のバランスシート分析を用いて議論している。まず平時に関しては、①預金と貸出のシナジーが喪失しない、②(ノウハウが必要な)中小企業向け貸出が不安定化しない、ことが確保されれば、CBDCの導入が顕著な影響を与えない点を指摘している。

これに対し危機時に関しては、現在のflight to qualityが安全資産の価格高騰や銀行間での預金の再配分といった形で落ち着く可能性を有するが、CBDCをL無制限かつ無条件で供給すれば、 digital bank runを助長するリスクがある点を認めている。また、対応策として、CBDCの付利だけではマイナス金利の下で有効性が乏しい点を指摘しつつ、CBDCの入手ないし保有残高に制限を課すことの有効性を示唆している。

第3章では選択肢を検討し、1)Kumhof and Noone(2018)が提唱したCBDCと銀行預金との転換に対する制限は、通貨としての互換性を損なう、2)利用者当りの残高制限は、利便性や支払・決済の安定性を損なう、3)銀行預金とのsweepも、金融包摂への対応や利用者ニーズに即した設計が難しい等の問題を指摘した。

その上で、Bindseil氏が主張してきたように、CBDCの保有残高を二層に分けつつ別な水準の付利を行うことでCBDCの課題保有を抑制するとともに、危機時には第二層の残高に制限を付与するという仕組みの有効性を示唆している。もっとも、その場合でも、a)企業による利用にどう対応するか、b)付利や残高の変更が自己実現的なrunを招かないかといった点を課題として指摘した。

CBDCの利用領域と目標

このOccasional Paperのコアである第4章の前半では、支払・決済の領域や性質ごとに、CBDCを利用する合理性を整理している。

具体的には、①これまで銀行券が使用されてきた領域やデジタルが前提の電子商取引の領域、②海外の事業者による市場支配や国内経済のdisruptionが懸念される領域、③過疎地や低所得者による支払・決済の領域などではCBDCを利用する合理性があるとする一方、銀行間決済のようにデジタル形態の中央銀行マネーが使用されている領域での利用の優先度の低さなども確認した。

その上で、中央銀行は銀行券利用の減少に懸念を示しながら、技術的な制約等のために利用に目標を設定することはなかった点を確認しつつ、そうした技術的制約の少ないCBDCの場合も将来の利用に目標を設定する可能性は少ないとの見方を示した。

つまり、中央銀行は、1)競争の促進と支払・決済のコスト低減、2)官民の支払・決済手段同士の交換性の確保、3)支払・決済の戦略的な自立性の確保といった観点に立てば、民間と少数の利用者が日常の支払・決済の大半でCBDCを利用するのでなく、多くの人々が支払・決済の一部で常時CBDCを利用する状態の実現を指向する可能性が高いとの理解を示した。

CBDCの成功に向けた条件

第4章の後半ではCBDCの成功に向けた三条件を提示している。第一に店舗による広範な受入れであり、前提となるCBDCのネットワークに関して、①支払・決済手段としての安全性と②法貨(legal tender)の位置づけを主な要素として挙げている。

その上で、銀行券と比較しつつ、1)銀行券自体に利用料がないが、店舗は事務コストを負担、2)銀行券は電子商取引で使用できないが、CBDCを法貨にすると決済端末を保有しない店舗に制約、3)CBDCの導入により店舗と決済事業者との競争上の地位に変化が生じうる、といった議論を展開している。

これらを踏まえ、a)店舗による利用料賦課、b)CBDCによる支払・決済手段の標準化、c)そうした標準化の民間サービスへの拡大といった点を課題として指摘している。

第二の条件はCBDCの効率的な配布であり、監督下にある仲介機関が役割を担うべきとの考えを確認し、理由として、①利用者向けサービスの専門性や資源、②官民双方の通貨の転換の円滑性、③利用者の認証等の仕組みの活用といった点を挙げている。同時に、商業銀行には中央銀行マネーを活用したビジネスに戦略的メリットがあるとの理解を示している。

その上で、CBDCの普及を促すため、サービスごとに仲介機関に金銭的補助を行う可能性も挙げた。具体的には、1)口座開設(KYCなどを含む)や預金との資金移動、銀行口座を持たない利用者へのアクセス、2)支払・決済サービスの二つを例示した。後者については、仲介機関のインセンティブが、a)コスト負担(利用者支援やCBDCインフラへの接続、端末の開発や維持、不正取引の防止等)、b)収益(対店舗取引の拡大、手数料収入等)、c)業務の独占(仲介機関の免許運営等による)のバランスに依存する点を確認した。

加えて、第二の条件に関して検討すべき要素として、外国法人による仲介機関への参入、中央銀行独自のモバイルアプリの必要性、電子商取引における支払手段との連携の適否を指摘した。

第三の条件は個人によるCBDCのニーズであり、P2P支払への対応、店舗による利用促進、既存の支払・決済手段と同様な利便性、個人情報保護の水準、金融包摂への貢献、個人IDとの連携といった要素が重要である点を確認した。

その上で、個人情報に関しては、中央銀行はシステムの運行と公的な政策目的の達成に必要な範囲だけで活用し、商業的な利用には関心を有していない点を確認した。

執筆者情報

  • 井上 哲也

    金融デジタルビジネスリサーチ部

    シニア研究員

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