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アントが金融持ち株会社創設で強い規制を受け入れるか

2021/01/06

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当局の軍門に下るアント・グループ

昨年12月29日に、アリババ傘下の金融会社アント・グループが金融持ち株会社を設立し、金融事業の大半を移管することを検討していると、ロイター通信社が報じた。中国人民銀行は同日、この報道が事実であることを認めている。金融持ち株会社を設立すれば、銀行と同様の規制を受け入れることになる。それは、アント・グループが当局の軍門に下ることを意味しよう。

昨年11月上旬のアント・グループの上場延期以降、アリババ、アント・グループといったプラットフォーマーに対する規制強化が雪崩を打ったかのように進んでいる。

中国の独占禁止法の執行機関である国家市場監督管理総局(市場監管総局)は、2020年12月14日に、アリババ、テンセント、そして物流大手の順豊集団のそれぞれの子会社が独占禁止法に違反したとして、3社に対して50万元(約794万円)の罰金を科したことを発表した。

12月18日には、アント・グループが、規制当局の指導に従い、同社の決済システムであるアリペイ(支付宝)を通じて銀行に預金ができる個人向けの仲介サービスを、突如中止すると発表した。

12月24日には、規制当局が独占的行為の疑いでアリババへの調査を開始したと発表した。

さらに12月26日には、中国人民銀行など複数の金融当局は合同で、アント・グループに対して、監督上の行政指導を行った。アント・グループが金融持ち株会社の設立を検討しているのは、この際の指導を受けたものだろう。

アントは大きくなりすぎて国家の統制に悪影響

12月27日には、中国人民銀行の潘副総裁がこの件で記者会見を行った。それによると、中国人民銀行など規制当局はアントに対して、不健全な企業統治、当局要請の軽視、市場での独占的な立場を利用して同業他社を排除したこと、消費者の利益を損ねたこと、などの問題点を指摘した。その上で、与信と保険、資産運用業務などの金融規制違反の是正や、個人情報保護のための信用格付け事業の再編を要請したという(注1)。

さらに同副総裁は、アントは十分な資本の確保と規制順守のために持ち株会社の設立が必要だと説明した。また、個人向け与信事業を展開するための免許が必要だとし、決済取引に関する透明性を高め、公平な競争を阻害すべきでないと述べている。

同副総裁は、今回の行政指導は、昨年末の中央経済工作会議でアリババやアント・グループなど巨大ネット企業、プラットフォーマーを念頭に置いた、2021年の重要な経済政策方針「独占禁止と資本の無秩序な拡大防止」に沿ったものと説明している。つまり、法とルールに従った措置であることを強調しているのである。

また、法律・規定に従い金融市場主体を監督管理し、法律・規定違反行為を厳しく取り締まり、資本の無秩序拡張に対する制約を強化し、公平な競争と金融市場の秩序を守る、と措置の狙いを説明している(注2)。さらに注目されるのが、同副総裁の以下の発言である(注2)。

「アント・グループは設立以来、フィンテックの発展や金融サービスの効率・包摂性向上で革新的役割を果たした。フィンテックとプラットフォーム経済分野で重要な影響力のある企業としてアント・グループは国の法律・法規を自覚して順守し、企業の発展を国家発展の大局と融合し、企業の社会的責任を確実に担わなければならない」。

アント・グループの革新的役割と影響力の大きさを認めつつも、その発展が国家の発展と必ずしも整合的ではなく、また社会的責任を十分に果たしていない、との問題意識を同副総裁は語っているのではないか。民営企業も国家の発展のためにあるべき、との考えだろう。

金融プラットフォーマーへの規制で中国は先行

欧米日本など先進国でもプラットフォーマーに対する規制が強化される方向にあり、中国でのこうした動きは先進国での動きと歩調を合わせているようにも見える。しかし、先進国での規制強化の目的は、プライバシー保護、独占の排除を通じた市場の競争条件の回復、世論操作の排除などにある。

他方、中国の場合には、大きくなり過ぎ、国家にとって脅威ともなり、その統制に悪影響を及ぼしかねないプラットフォーマーの力を削ぐ、と言う点に最大の力点があるのではないか。この点で、先進国と中国では、プラットフォーマーに対する規制強化の狙いは異なる。

巨大IT企業が金融分野に参入する金融プラットフォーマーに対する対応では、中国が先進国の先を行っている感が強い。米国あるいは日本では、非金融機関である金融プラットフォーマーの金融業への参入を当局が受け入れ、あるいは背局的に促す方向にある。

日本では、それを通じて金融分野でのイノベーション、金融サービスの利便性向上を狙っているのである。そのために、金融機関と金融プラットフォーマー(あるいはフィンテック企業)が同じ条件のもとで競争できる法的体系を整える方向にある。中国では、当局が黙認している間に、アント・グループなど金融プラットフォーマーが急成長を遂げ、その一方で金融業のビジネスを圧迫していったのである。

中国では、金融プラットフォーマーに対する規制強化は、段階的に行われてきたが、昨年末からそれが急加速した。そして、アント・グループが金融持ち株会社を設立すれば、非金融機関が厳しい規制を受け入れて、金融機関に同化していくきっかけになるのだろう。当局からすれば、金融プラットフォーマーを既存の金融監督の枠組みに取り込んでいくことになる。

先進国でも、金融プラットフォーマーの金融分野への参入をより認めることは、自己資本規制など金融機関並みの規制を受け入れさせることと交換条件である。金融プラットフォーマーを既存の金融監督の枠組みに取り込んでいく中国での動きは、先進国での将来の姿と重なってくるかもしれない。

アリペイの扱いは不明

冒頭の話に戻ると、アント・グループが金融持ち株会社を設立した場合、そこに組み込まれる大半の金融事業の中に、決済業務、つまりアリペイが含まれるかどうかは決まっていないという。決済業務に対しては強い規制強化は実施されない可能性が残されていることを意味しているだろう。

アント・グループの金融業務はもともとこの決済業務から始まった。ただし、決済業務には収益面から必ずしも高い潜在性がないことから、貸出、預金、資産運用、保険など他の金融分野へと進出していったのである。その結果、今では消費者金融がアント・グループの最大の収益源となっている。アントの決済業務の売上構成比は、2017年に54.9%、2018年に51.8%、2019年に43.0%と、着実に低下してきている(注3)。

仮にアント・グループが決済業務にとどまっていたら、国家の統制を脅かす存在として強く警戒され、足もとでの急速な規制強化の対象にはならなかったかもしれない。ただし、決済業務については、デジタル人民元が発行されれば、それによって影響力を削がれる可能性が高いだろう。そのため、敢えて規制を強化する必要はないのかもしれない。

いずれにせよ、アント・グループの収益性は、今回の規制強化によって相当分低下するのではないか。上場が延期される前には、アント・グループの企業価値は3,000億ドルとされていた。それが、金融持ち株会社の設立と規制強化によって、企業価値は半減するとの見方が出ている。

習近平国家主席下での「国進民退(国営企業が躍進し、民営企業が後退する現象)」の流れをさらに進めるという中国政府の意志と、民間企業に勝手なことはもはや許さない、という強い決意が、アント・グループを巡る足もとでの一連の動きからは強く感じられる。

(注1)「中国当局、アントに事業の抜本改革を要請 馬雲氏への圧力強める」、ChinaWave経済・産業ニュース、2020年12月29日
(注2)「アント指導状況説明 潘功勝人民銀副総裁」、新華社ニュース、2020年12月28日
(注3)「人民銀が「アント持ち株会社設立」報道認める、企業価値半減も」、亜州リサーチ、2020年12月30日

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