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日銀『金融緩和の点検』と長期金利目標短期化の可能性

2021/02/12

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物価目標達成失敗の批判に先手を打ちコロナ後の政策を仕切り直しする狙い

日本銀行は「金融緩和の点検」を行い、3月の金融政策決定会合でその結果を公表する予定だ。

「金融緩和の点検」をこのタイミングで打ち出した背景には、コロナショック後に物価上昇率が大幅に下振れたことで、2%の物価目標達成失敗への批判が改めて高まること、もはや2%の物価目標達成ではなく、デフレ回避のために思い切った緩和策を実施すべき、との意見が高まること、に先手を打つ狙いがあると思われる。日本銀行は、効果が期待されない一方で副作用が懸念される追加緩和措置の実施をできるだけ避けたい、と考えているだろう。

また、コロナショック前には国債、ETFの買入れペースは明確に削減され、事実上の正常化が進められていたが、コロナショック後は削減が一巡してしまっている。そこで更なる削減ができる環境を整え、いわば仕切り直しをする、という狙いもあるように思われる。

さらに、日本銀行はコロナショック後に、「2%の物価目標達成に向けたモメンタムは一旦失われた」として、物価目標達成に基づく通常の金融政策運営を一時停止する一方、特別オペを打ち出して、企業と雇用を守る政府の政策を側面から支援する措置を施策の中心に据えてきた。コロナショックの経済、金融市場に与える影響が弱まる中、異例のコロナ対策から通常の金融政策に戻すための仕切り直し、という意味も「金融緩和の点検」にはあるのではないか。この3月は、日本銀行が異例のコロナ対策を始めてから1年、という区切りの時期でもある。

日本銀行が打ち出す新たな措置は何か

日本銀行が「政策の枠組みを見直さない」と断言していることを踏まえれば、「金融緩和の点検」が大きな金融政策の変更につながることはないはずだ。

しかし、これほど大々的に予告をしているのは、政策に関わる必ずしもマイナーとは言えない修正を予定しているからであり、それを熟慮の末に決定した、との証拠作りをすることを狙っているのではないか。その点から、何らかのサプライズを市場にもたらす決定を行う可能性は高いように思われる。

金融市場では、目標とする10年国債金利の変動幅拡大、ETFの買入れのさらなる柔軟化の2つが予想されている。柔軟化措置と言いながらも、その本当の狙いは、長期金利のさらなる上昇を通じて金融機関の収益(金融仲介機能)の改善に配慮すること、様々な問題を抱えるETFの買入れを減額することにあると考えられている。

おそらく、「金融緩和の点検」を踏まえて打ち出される措置の本質は、市場の見立て通り、そうした点にあるのだろう。しかし、このような単純な柔軟化措置であれば、いままでも実施してきており、このように大々的な予告までするのはおかしい。

2016年の「総括的な検証」では、7月の決定会合でそれを打ち出し、9月の決定会合で「総括的な検証」を示すとともに、それを踏まえて現在も続くイールドカーブ・コントロールを導入した。この間に、総裁、副総裁の講演などを通じて、市場の地均しが行われたのである。

「総括的な検証」を踏まえて、ⅰ)「政策の枠組みの修正」が必要となる可能性がある、ⅱ)長期・超長期の金利の大幅な低下は、金融仲介機能に悪影響を与える可能性がある、などの説明がされた。これは、長期金利の安定維持を一つの狙いに導入され、また政策目標を「量」から「金利」に移す、イールドカーブ・コントロール導入に向けた大きなヒントだった。しかし、具体的な枠組み自体は、9月の決定会合まで明らかにされなかったのである。

今回も同様ではないか。3月18・19日の決定会合までに開かれる総裁、副総裁の講演などの機会を使って、日本銀行は新たな措置のヒントを出し、市場の地均しを進めるだろう。しかし、具体的な枠組みは、決定会合まで決して明らかにしない可能性が高い。

実際は「副作用対策」か

金融市場では、株価が大幅に上昇する中で日本銀行が大量のETF買入れを続けることを問題視する向きが多く、「金融緩和の点検」を踏まえた措置は、ETF買入れ額を減少させるための柔軟化が中心、との見方が多かった。しかし、1月の決定会合後の総裁記者会見では、イールドカーブ・コントロールへの言及が多く、見直しの中核はイールドカーブ・コントロールとなる可能性が高そうだ。

日本銀行は、「2%を実現するためのより効果的で持続的な金融緩和の点検」と説明している。この「効果的」と「持続的」がキーワードとなるだろう。「持続的」とは、今までも日本銀行が柔軟化措置を講じる際に多用してきた言葉だ。イールドカーブ・コントロールの10年金利目標や長期国債、ETFなどの買入れ目標に強くとらわれずに、柔軟な運用を行うことで、2%の物価目標達成のための緩和措置がより「持続的」なものとなり、それが物価目標の達成に資するものになる、との説明をしてきたのである。今回も、同様の説明をするだろう。

一方、「効果的」、あるいは総裁が記者会見で説明した「機動的」、「メリハリの利いた」などがどのような措置のイメージを伝えるものであるかは、今のところは明確ではない。

1月の記者会見で総裁は、「金融緩和の点検」を踏まえて打ち出す措置は、「副作用対策ではない」と説明した。しかし一方で、イールドカーブ・コントロール導入以来の政策効果を点検した上で、副作用を軽減する工夫も考える、との主旨の説明もしている。「ネットの政策効果=政策効果-副作用」との式を想定すれば、副作用軽減策はネットの政策効果を高めることにつながる。

総裁は、「副作用対策ではない」としたが、実際は副作用対策となるのではないか。しかし説明する際には、「副作用軽減が目的ではなく、ネットの政策効果を高めることを狙った措置」、と前向き感を最大限アピールする説明をするだろう。

事実上の正常化策の流れとコロナ後の金融機関の収益への配慮

筆者は、「金融緩和の点検」を踏まえて日本銀行が打ち出す措置は、「柔軟化=副作用対策=事実上の正常化策」になると考えている。

2016年9月の「総括的な検証」を踏まえて導入したイールドカーブ・コントロールは、事実上の正常化策と理解できる。その狙いは、金融機関の収益に打撃を与える長期・超長期の金利低下を抑えることと、長期国債の買入れ額を政策目標から外すことで、買入れ減額を進めることにあった。いずれも副作用対策である。

それ以降にとられた、イールドカーブ・コントロールの10年国債金利の変動許容幅の拡大やETFなどの買入れの柔軟化も、事実上の正常化策の一環と理解できる。コロナショック後に導入された特別オペや3月に始める特別当座預金制度などは、銀行に対する事実上の補助金であり、マイナス金利政策などによる金融機関の収益悪化、そして金融仲介機能の低下という副作用を軽減する、やはり事実上の正常化策と考えられる。

今回の「金融緩和の点検」を踏まえて打ち出す措置も、表面的には、政策の効果と持続性を高めることで、2%の物価目標の達成に資するもの、と日本銀行は説明するだろうが、実際には、一連の事実上の正常化策の流れの中に位置づけられるだろう。

コロナショックをきっかけに、日本銀行は金融機関、特に地域金融機関の収益環境への配慮を強めたように思われる。この点に、「金融緩和の点検」を踏まえて打ち出す措置のヒントがあるように思われる。

短めの金利のコントロールで政策効果はより発揮される

2016年9月の「総括的な検証」で日本銀行は、長期・超長期の金利低下が、金融機関の金融仲介機能の低下を通じて、経済に悪影響を及ぼす可能性に言及した。それとともに、「日本経済により大きな影響を与えるのは、長期・超長期の金利よりも、3年~4年といったより短めの金利である」との主旨の説明をしている。銀行貸出の平均期間や社債の平均残存期間がその辺りであるためだ。

さらにこの点に関連して、1月29日に公表された1月20・21日開催の決定会合の「主な意見」には、以下のようなコメントがあった。

「企業・家計による資金調達のうち、長期金利の影響を受けるものの割合は高くないことから、長期金利が変動しやすくなった場合でも、経済活動に与える影響は限定的であると考えられる。」

金融市場は、長期・超長期金利の上昇を狙った10年金利目標の変動幅拡大措置が打ち出されるとの観測が強いが、金融機関、特に銀行の収益環境を改善させるのであれば、もっと短めの金利の上昇の方がそれにより貢献するはずだ。

以上の点から、日本銀行は、市場が予想しているよりも短めの金利、長期国債で言えば短期・中期ゾーンの金利上昇を狙った措置を打ち出す可能性があるように思われる。

これは金融市場では現在予想されていないことから、実際に打ち出されれば金利、為替などに相応のインパクトを与える点に注意しておきたい。

長期金利目標の短期化の可能性

具体的には、現在10年国債に設定している0%の金利目標を、5年国債に短期化する可能性があるのではないか。5年国債の市中金利は現在-0.1%程度であることから、5年国債に0%の金利目標をそのまま移せば、市中金利は上昇し、事実上の引き締め措置となる。しかし、銀行の収益にはプラスに貢献し、副作用の軽減となるだろう。その場合、事実上の金融引き締めとの指摘がされるだろうが、日本銀行は、「目標水準は変わらない」と強弁するのではないか。実際には、5年国債の金利目標は0%ではなく、0%を中心とするレンジ(0%±0.2%など)となる可能性の方が高いだろう。

それでも、事実上の金融引き締めとの批判を恐れるのであれば、現在の市場実勢である-0.1%程度を中心とするレンジを目標に据えた上で、5年国債の金利上振れを容認する主旨のメッセージを市場に送る可能性もあるのではないか。その場合、長期国債(1年以上)の短期から超長期ゾーンまで、金利水準は幅広く上昇し、イールドカーブはスティープ化するだろう。

仮にこうした措置を講じた場合、日本銀行は、「10年よりも短めの金利をコントロールすることで政策の効果が高まり、2%の物価目標の達成により近づく」、との説明をすることが十分に予想される。しかし、それはまさに建前であり、本当の狙いは別にある。金融機関の収益改善がその一つであるが、それ以外にも2つある。

「金融緩和の点検」はパッケージとなる

一般に、長期の金利に働きかけるイールドカーブ・コントロールは、短期の政策金利の先行きの市場の期待に影響を与えるフォワードガイダンスと、長期国債の需給の変化を狙った長期国債の買入れの調整の2点の手段を通じて実現できる。短めのゾーンの金利では、前者の影響力がより強く、長めのゾーンの金利になるほど、後者の手段でコントロールしていく必要性が高まる。10年国債の金利と比べて5年国債の金利は、翌日物の政策金利の先行きに対するコミットメントでよりコントロールできるため、国債買入れ額を減らすことがより容易になるのである。これは、事実上の正常化策だ。

また、10年金利の目標をやめれば、その金利のコントロールに欠かせない長期、超長期の国債買入れを減らすことができる。これは、日本銀行が保有する国債の平均残存期間を短期化することにつながり、将来の正式な正常化局面では、償還見合いでの国債残高削減のプロセスをより迅速化させることを可能とする。いわゆる、将来の正常化を助ける措置だ。

このように、長期金利目標の短期化には、副作用の軽減、あるいは将来の迅速な正常化実現の観点からメリットが多い。そのため、筆者は今までも長期金利目標の短期化を推奨してきた。

「金融緩和の点検」を踏まえて打ち出す措置の中核は、こうしたイールドカーブ・コントロールの修正だろうが、実際には、様々な政策を組み合わせたパッケージとなるのではないか。その中には、ETFの買入れの柔軟化措置も入るだろう。また、政府が進める企業の事業転換やM&A、デジタル化、地球温暖化対策に対する銀行融資にインセンティブを与える新たなオペ制度といった政府との協調策が盛り込まれる可能性もあるだろう。パッケージとして打ち出す施策は、かなり広範囲に及ぶため、市場がその全容を瞬時に理解するのは難しいかもしれない。

3月19日の次回決定会合までに、そうした新たな措置に向けたヒントが日本銀行から示されるかどうか、注意深く見ていきたい。

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