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米国金融市場動揺のリスクとパウエル議長の再任を賭けた挑戦

2021/02/26

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パウエル議長は市場のインフレ懸念を一蹴

25日(米国時間)の米国市場では、財務省証券10年金利が急上昇し、一時1.6%を超えた。それが株価の大幅下落を誘発している。足もとでの長期金利上昇は、経済回復を映した「良い金利の上昇」との見方が有力であったが、株価の調整を促すなど、次第に「悪い金利の上昇」の側面が見えるようになってきた(コラム「バイデン政権の経済対策と債券市場の警鐘」、2021年2月25日)。

23日(米国時間)の議会公聴会で、米連邦準備制度理事会(FRB)のパウエル議長は、足もとでの長期金利上昇は経済改善に対する市場の期待の表れであると評価し、また、物価上昇が長引くとは思えない、と市場のインフレ懸念を牽制した。そのうえで、金融緩和の継続を強調したのである。

物価連動債などに表れる市場の物価上昇率予想は足もとで急速に上昇している。コロナショックを受けた生産縮小の行き過ぎにより、自動車搭載用の半導体の不足は世界で深刻となっている。また、天候要因にも影響されて、一時急落した原油価格なども戻している。

しかしこれらは、コロナショックによって一時的に生じた混乱の一部、と総括できるのではないか。コロナショックを受けて、それ以前よりも経済がより強くなった、あるいは物価上昇率のトレンドが高まったということは、およそ考えられない。物価上昇率に大きく影響する米国の需給ギャップが、コロナショック前の水準を取り戻すのは、今年中はまだ難しいだろう。

しかし、足もとでの長期金利上昇は経済環境の改善を反映する「良い金利上昇」であり、インフレ懸念は当たらない、とパウエル議長は楽観的な発言をしているが、内心は穏やかではないのではないか。

FRBの新たな物価目標政策が市場のインフレ懸念の底流に

FRBは昨年春に物価目標政策の枠組みを修正し、物価上昇率がしばらく2%の目標水準を下回った場合には、目標水準を上回る物価上昇率を容認し、物価上昇率の平均が中期的に2%程度になることを目指す、とした。物価上昇率が目標値を上回る、いわばオーバーシュートを容認するこの新たな政策方針が、足もとでの市場の物価上昇率見通しの上昇、イールドカーブのスティープ化、長期金利上昇の一因となった可能性が考えられる。

コロナショックを脱して米国経済が順調に回復し、物価上昇率も高まっていく中、FRBが政策を修正せずに金融緩和を維持し続けると、長い目で見て物価上昇率はかなり上振れ、いわば物価上昇率がコントロールできなくなるということを、市場は懸念し始めている可能性がある。それがイールドカーブのスティープ化、長期金利上昇をもたらしているのではないか。

しかし、1年かけてFRB内で議論し、鳴り物入りで始めた新たな物価目標政策の枠組みを定着させるには、そのような市場の観測を黙認し、政策姿勢を維持し続けることが必要だ。ところがその場合には、長期金利がさらに上昇し、株価の急落など、金融市場の混乱を招く可能性が出てくるだろう。また、長期金利の上昇は経済の回復に水を差し、目標水準を超える前に物価上昇率が頭打ちから低下に転じてしまう可能性も出てくるだろう。

このように始まったばかりのFRBの新たな政策の枠組みはジレンマに直面し、早くも大きな試練に見舞われ始めている。物価上昇率の上振れを容認することで、市場のインフレ期待を高めることを狙う、いわゆるビハインド・ザ・カーブの政策手法には、そもそもこのようなリスクが内在しているのである。

民主党内にはパウエル議長の再任に反対する意見も

パウエル議長は来年2月末、つまりあと1年で任期を迎える。パウエル議長の政策手腕については概して評価は高く、再任されるとの見通しの方が現状では多いと思われる。

しかし、民主党内の急進左派の中には、パウエル議長を再任させるべきではない、との意見も出てきている。彼らが重視する、格差縮小に資する金融政策が十分になされていない、との理由だ。

民主党員のイエレン前議長(現財務長官)は、トランプ前大統領に再任されずに、共和党員のパウエル氏と交代となった。その意匠返しをするかのように、民主党・急進左派は、共和党員のパウエル議長の交代を主張する。パウエル議長が来年再任されない場合には、リベラル色が強い民主党員で女性のブレイナード理事が後任の有力候補となろう。その場合、FRB議長と財務長官が共に女性という異例な布陣となる。

米国経済がコロナショックから早期に立ち直るように適切に金融政策を運営できるかどうかが、パウエル議長の評価に大きく影響し、それが再任も左右するだろう。しかしそればかりでなく、インフレ懸念とFRBの政策の双方を睨みながら不安定な動きを続ける債券市場を上手くコントロールし、金融市場の大きな混乱を回避できるかどうかも、パウエル議長再任の向けた重要な評価ポイントとなるはずだ。

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