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バイデン政権の対中戦略と文明の衝突

2021/03/08

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バイデン政権は対中強硬姿勢を鮮明に

オバマ政権は2期目に外交政策の重点を中東に移す中、中国とは対話路線を模索した。これが後に「対中弱腰外交」との批判を内外から受けることになったのである。バイデン政権は、オバマ政権時の「対中弱腰外交」に戻るとの観測を払しょくするために、対中強硬姿勢をことさら強調している。

バイデン政権は外交、軍事、経済政策の基本方針となる「国家安全保障戦略」を今年後半に発表する。3月3日には、その策定に向けた指針を公表した。注目される中国に関する記述では、「攻撃的かつ威圧的に振る舞い、国際システムの中核をなすルールや価値観を弱体化させている」と中国を強く批判した。さらに、「経済、外交、軍事、先端技術の力を組み合わせ、安定的で開かれた国際システムに対抗しうる唯一の競争相手だ」とも指摘している。バイデン政権は、地球温暖化対策などでは中国との連携を探るが、人権問題、安全保障問題などでは、日本などの同盟国との連携を強化したうえで、対中強硬姿勢をとる。

同じ日に演説を行ったブリンケン米国務長官は、中国について、「安定的で開かれた国際秩序に本格的に挑戦する力を有する唯一の国だ」と指摘したうえで、中国との関係を「21世紀における最大の地政学的な試練」と位置づけている。また、新疆(しんきょう)ウイグル自治区でのイスラム教徒少数民族への人権侵害や、香港の民主派弾圧に立ち向かい、民主主義や人権重視などの価値観を擁護していく必要があるとした。

米中の対立は、価値観とそれに立脚する体制を巡る争いの様相を強めている。そして米国内では、中国は価値観を共有できない国、との認識が国民の間で強まっている可能性があるのではないか。ここで思い起こされるのは、2019年に米国務省の高官が米中対立について示した、「文明の衝突」論である。

「文明の衝突」論に批判が噴き出す

「文明の衝突」とは、米国の国際政治学者のサミュエル・ハンチントンが1996年に表した著作「文明の衝突と国際秩序の再構築(The Clash of Civilizations And the Remaking of World Order)」で提唱した理論体系だ(日本語版の書名は「文明の衝突」)。冷戦後の世界では、異なるイデオロギーではなく異なる文明が対立軸になる、と主張されている。

2019年4月に米国で開かれたシンポジウムで米国務省のキロン・スキナー政策企画局長は、「中国は米国にとって初めての異なるイデオロギーを掲げる強大なライバルであり、米国は非白人国家である中国との『文明の衝突』に備えるべきだ」と発言したのである。

中国共産党機関紙・人民日報のニュースサイトである人民網は、この発言を、人種主義色の濃い対中文明衝突論であり、スキナー氏は米国の対中関係に、センセーショナルな「文明の衝突」のレッテルを貼ろうとしている、と強く批判した。

批判は米国内でも高まった。ワシントン・ポスト紙は、「中国は白人の国でないという理由で、米国は『文明の衝突』を企てている。これは危険だ」とする表題の論説文の中で、「中国人が白人でないがゆえに『文明の衝突』が起こるとする議論には欠陥があり、非常に危険だ」と論じている(注1)。

人種論は米中対立を激化させる

スキナー氏の主張の不正確さも、また、批判の対象となった。スキナー氏は、「中国との対立は、米国が今まで経験したことのない、異なる文明、異なるイデオロギーとの闘いだ」、「冷戦は西洋諸国(Western Family)の間での戦いだったが、中国は西側の思想、歴史から産まれたものではない。米国は白人以外と初めての大きな対立を経験しようとしている」と発言している。

これに対してワシントン・ポスト紙の論説は、異なるイデオロギーとの対立は既に米国は経験している、と反論している。その第1は、第2次世界大戦時のドイツのナチズムとの対立だ。そして第2は、冷戦下でのソ連との対立だ。加えて、ソ連を西側あるいは欧州の国と捉えるのは誤っている、としている。

さらに、スキナー氏が「中国人が白人でない」としていることで、同氏が本当に主張したいのは、文明でもイデオロギーでもなく、人種の違いなのだということを露呈している、ともこの論説は述べている。しかし、第2次世界大戦時に米国は非白人国の日本と戦争をしたことを思い返せば、これについても事実誤認だ、としている。

スキナー氏の発言が、「米国が、中国は人種的に異なる国という考えを軸にして外交政策を行う」ことを意味するもの、と理解されれば、中国は国際社会で人種差別を受けると当然考えるだろう。そして、国際秩序は不公正であり、中国の居場所がなくなる。そのように考えたら、中国の強硬派はより過激な外交政策を行うようになる、と論説は強く批判している。

中国の現体制維持とアジア諸国の取り込みを助ける

また、米中対立を「文明の衝突」と捉える解釈は、「普遍的価値に基づいていると今まで説明してきた、米国の外交政策の基調を大きく損ねてしまう」との指摘も米国では出されたのである。

米通信社のブルームバーグの記事は、「米国の外交政策の基調である、民主主義的価値と人権は、西洋諸国に限るものではなく人類全体の普遍的な価値である、ということを米国は長く主張してきた。それは、権威主義的な政権を攻撃する際にしばしば用いられてきたレトリックだ。例えば、冷戦下でのソ連を攻撃する際などだ。しかし、スキナー氏の発言はそうした主張の正当性を突き崩してしまった」としている(注2)。

さらに、「このことは、中国が現在の政治体制維持を正当化する根拠を与えてしまう」とも、この記事は指摘する。米国あるいは西洋社会が主張する民主主義的価値と人権は、西洋社会の概念であり、中国文明の伝統と比較することはできない、と中国は主張してきたのである。「文明の衝突」は、こうした中国の主張を助けるものとなり、米国が求める政治の民主化を拒む根拠を中国政府に与えてしまう、と指摘している。

また、中国は長らく、世界を文明で東西2つに分けるべきだ、と主張してきたと言われる。そして、共通の文明を持つアジアから異なる文明の米国は手を引き、中国にアジアを支配するように働きかけてきた、とも言われている。スキナー氏の発言は、そうした中国の志向や行動を正当化してしまうだろう。また、中国が、アジアの他の国々を自らの影響下に取り込んでいくことを助けてしまう、とブルームバーグの記事は指摘している。

仮に、中国がそのような展望を抱いているとすれば、それは日本としても当然看過できないことだ。他方、スキナー氏の発言にも、世界が東西の文明で2分されることを正当化する要素が含意されており、非常に危険であると言えるだろう。

バイデン政権の下で「文明の衝突」との認識が米国内で広がっているとすれば、米国と中国との対立はより深まっていくだろう。それは、米国と中国との対立というよりも、市場主義と国家資本主義、民主主義国と権威主義国との覇権争いの様相を強めていき、まさに世界を二分するリスクを高めてしまうのではないか。

(注1)"Because China isn’t ‘Caucasian,’ the U.S. is planning for a ‘clash of civilizations.’ That could be dangerous. - The United States tried that with Japan. It didn’t end well.", Wall Street Journal, May 4, 2019
(注2)"'Clash of Civilizations' Has No Place in U.S. Foreign Policy Playing up East-West societal differences gives Beijing an excuse for its police state.", Bloomberg, May 5, 2019

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