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中央銀行の長期金利上昇との闘いとECBの最初の対応

2021/03/12

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ECBの対応はやや中途半端か

欧州中央銀行(ECB)は11日に、政策理事会を開いた。市場の注目は、足もとでの世界的な長期金利上昇に対して、ECBがどのような対応を見せるかに集中していた。実際にECBが見せた対応は、やや中途半端なものになった、との印象がある。ECBが発表したのは、パンデミック緊急購入プログラム(PEPP)の資産買い入れを、次の四半期に大幅に拡大するというものだ。

ECBは昨年12月の理事会で、PEPPの資産購入枠を1兆8,500億ユーロに拡大し、実施期間も2022年3月末まで延長することを決めていた。今回は、こうした政策の基本方針は修正せずに、目先のオペレーションの姿勢のみを修正したものだ。

ラガルド総裁は、資産買入れの大幅拡大について、特定の数字は念頭に置いていないと説明している。今回の措置は、プログラムの運用をより柔軟化するなかで、買入れの総額の目標は修正せずに、市場環境に合わせてペースを調整するといういわば微調整である。しかし、市場の金利水準がECBの短期的な資産買入れペースよりも中長期的な買入れの総額の見通しにより影響を受けるのであれば、今回の措置が長期金利の上昇抑制に大きな効果を発揮するかどうかは疑問である。

ECB内で意見は分かれたか

このように、今回のECBの対応は小粒で中途半端な印象だが、その背景には政策対応で理事会内の意見が分かれ、いわば妥協の産物となった可能性も考えられるところだ。ラガルド総裁は、今回の決定は「完全な全会一致」だったと足並みが揃った決定であることを強調したが、ロイター通信は、「望ましいとされる利回りの水準を巡り見解が分かれた」と、関係者の話を報じている。

米連邦準備制度理事会(FRB)内でも、長期金利の上昇については意見が分かれている。景気・物価環境の改善を映した「良い金利上昇」と、株価下落を伴いコロナショックからの経済の持ち直しに水を差す「悪い金利上昇」との2つの解釈がある。

ただし、米国では、経済の改善の実際の兆候や総額1.9兆ドルの追加経済対策など、長期金利上昇を促す経済ファンダメンタルズの変化があることは確かである。ところがユーロ圏では、経済活動は依然厳しい中、長期金利が米国の長期金利に引っ張られて上昇している、との側面が強く、米国と比べてもより「悪い金利上昇」の性格を帯びている。ただし現状では、金利の上昇幅がそれほど大きくないため、容認できる面もあるのだろう。

長期金利の上昇についてラガルド総裁は、「大規模かつ持続的な市場金利の上昇が放置されれば、経済の全部門で資金調達環境が時期尚早な逼迫にさらされる恐れがある。これは望ましくない」と発言している。長期金利の上昇傾向に歯止めがかからなければ、ECBもさらなる対応を検討するだろう。

テーパータントラム後の対応との違い

足もとでの長期金利上昇は、かつての「テーパータントラム(Taper tantrum)」を思い起こさせる。「テーパータントラム」とは、2013年5月にFRBのバーナンキ議長(当時)が、資産買入れ額の縮小を示唆したことから、金融市場が大きく混乱したことを表現したものだ。テーパーは縮小、タントラムは癇癪の意味である。特に新興国市場では米国からの投資資金が引き上げられるとの観測から、通貨安と金融市場の大きな混乱が生じた。これは、2008年のリーマンショックの打撃から、米国経済が立ち直ってきたタイミングだった。この点、今回の長期金利上昇と重なる面があるだろう。

2013年、「テーパータントラム」が生じさせた長期金利上昇は世界に波及した。それが経済、金融市場の安定を損ねることを警戒した各国中央銀行は、長期金利の上昇を抑制する措置を講じ始めたのである。それが政策金利のフォワードガイダンス(先行きの方針)である。FRBは「2015年半ばまでは低金利を続ける」、ECBは「政策金利は現状あるいはそれ以下の水準で長期間続く」、イングランド銀行(BOE)は「失業率が少なくとも7%を下回るまで政策金利は上げない」とのフォワードガイダンスをそれぞれ示し、長期金利の上昇を抑えようとした。

長期金利の上昇に、主要中央銀行の中で最も早く対応をみせたECBの今回の措置は、資産買入れのフォワードガイダンス強化だ。「テーパータントラム」後のように、政策金利のフォワードガイダンス強化ではなかった点が興味深い。当時との違いは、各中央銀行が、中期的な物価上昇率の下振れに対する警戒心をより強めている点だろう。その結果、政策金利は相当期間低位に維持されるとの市場の期待が固まっていることから、もはや政策金利のフォワードガイダンス強化では、長期金利上昇の抑制に効果がない、との判断に各中央銀行が傾いている可能性があるのではないか。その場合、他の中央銀行も、ECBに続いて、資産買入れのフォワードガイダンス強化を検討するかもしれない。

注目される日本銀行の金融緩和の点検と欧米のYCC導入議論

日本銀行は、来週発表する金融緩和の点検で、ETFと並んで国債の買入れについてもより柔軟化する可能性がある。その場合、本当の狙いは日本銀行の財務への悪影響、市場機能への悪影響、金融機関の収益への悪影響という副作用を軽減するために、国債の買入れ額を従来よりも減らすことにあるのではないか。しかしそれは直ぐに実行する訳ではなく、足もとのように長期金利が上昇する局面では、国債の買入れをむしろ増加させる可能性がある点を強調する可能性があるのではないか。金融緩和の点検は、将来、副作用の軽減をさらに進めていくための環境を整備しておく点に大きな目的があるだろう。

ラガルド総裁は記者会見で、長期金利に目標をもつイールドカーブ・コントロール(YCC)導入については議論していないと説明した。しかし、長期金利の上昇がさらに続いた場合には、ECBやFRBが、その導入を再度検討する可能性はあるだろう。ごく足もとでは長期金利の上昇に一服感は見られるものの、米国の10年国債金利の1.5%は、経済環境から考えればかなり低く、正常化の過程の中でさらに上昇する余地を残している。

各中央銀行による長期金利上昇との闘いは、まだ始まったばかりではないか。

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