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金融機関の収益への配慮を強めた日銀『金融緩和の点検』

2021/03/19

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2%の物価目標達成を目指す従来の枠組みに戻すための段取り

昨年12月の金融政策決定会合で日本銀行が予告し、市場が注目を膨らませてきた「金融緩和の点検」、及びそれを踏まえた政策措置の修正が、3月19日の決定会合で発表された。

日本銀行は、当初から「政策の枠組みは修正しない」と説明していた。その説明通りに、「政策の枠組みは2%の物価目標達成に引き続き有効である」、との結論を示したうえで、具体的な施策の修正は比較的小粒なものとなった。

コロナショックを受けて日本銀行は、「2%の物価目標達成に向けたモメンタムは一旦失われた」として、2%の物価目標達成を目指す従来の政策方針を一時的に棚上げして、政府と協調したコロナ対策に1年間邁進してきた。

「金融緩和の点検」は、コロナ対策がちょうど1年を経過したタイミングを捉え、政策の重点を、2%の物価目標達成を目指す従来の枠組みに戻すための段取り、あるいは儀式、との性格が強かっただろう。しかし、物価上昇率も既に大きく下振れてしまったことから、元の枠組みに戻すだけでは、政策運営に対する信頼は回復できない。そこで、日本銀行は政策措置の修正を合わせて実施したのである。

2つの使命(マンデート)のバランスを取り戻す大きな変更

政策措置の修正の本質は、長期化している異例の金融緩和の副作用軽減、つまり副作用対策である。副作用対策の中でも特に今回際立ったのは、金融機関の収益への配慮だ。それは、長期金利の変動幅拡大と貸出促進付利制度の2つに大きく表れている。

そして見逃せない重要な制度変更は、年8回の金融政策決定会合のうち、4回で、金融システムの動向について、プルーデンス政策を担う金融機構局から報告を受けることを決めたということだ。これは、歴史的な変更と言ってもよい。

金融政策決定会合は、物価安定という使命(マンデート)達成のためのマクロ金融政策を決定する場である。他方、日本銀行には信用秩序の維持、つまり金融システムの安定というもう一つの使命(マンデート)が与えられている。両者は別のプロセスで決定され、プルーデンス政策を担う金融機構局関係者は、金融政策決定会合に参加してこなかった。

ところが、2%という高すぎる目標を達成するために実施してきた金融緩和策は、金融機関の収益を悪化させ、金融システムの安定というもう一つの使命(マンデート)の達成を妨げてきたという面がある。2つの使命(マンデート)が整合的でなかったのである。

そうした反省に立って日本銀行は、2つの使命(マンデート)達成のバランスを取り戻す方向に軌道修正してきたのだ。「金融緩和の点検」を受けた政策措置の修正自体は大きなものではなかったが、2つの使命(マンデート)達成のバランス回復に向けた政策姿勢の転換としては、歴史的なものになったと言えるのではないか。

ダブルスタンダード(二枚舌)戦略は続く

「金融緩和の点検」では、日本銀行は各種副作用を軽減することを目指すと同時に、それらが金融緩和の後退と受け止められて、金融市場の悪い反応や政府からの批判を受けることを回避するために、金融緩和姿勢を敢えて言葉で強調する巧みな情報発信の工夫が見られる。この点で、従来通りのダブルスタンダード(二枚舌)戦略が続けられているのである。

ETFの買入れについては、年間約6兆円の買入れ目標を無くした点が重要だ。これを通じて、ETFの買入れの柔軟性を高め、最終的には買入れ額を減らすことが、日本銀行の狙いだ。それは、ETFの大量買入れが市場機能に悪影響を与えることや、日本銀行の財務を悪化させるという副作用を減らす狙いがある。

しかし、そうした日本銀行の狙いを読まれて、株式市場が悪く反応しないように、今回は約12兆円の上限のみ残し、株価が大きく下落した際には積極的に買入れるとの姿勢をアピールした。

長期金利の目標については、0%の目標水準を維持しつつ、上下0.2%程度の変動幅を上下0.25%へと小幅に引き上げた。当初はより大きな変動幅の拡大や変動幅の撤廃などを考えていたが、金利上昇のリスクに配慮して、小幅な変動幅拡大に留めた可能性もある。変動幅の拡大は、国債市場の機能を高めることに貢献する面もあるが、それ以上に、やや長い目で長期金利の上昇を通じて金融機関の収益を改善させるための環境整備、という狙いがある。

しかし日本銀行は、連続指値オペの導入で長期金利の上昇を強く牽制する姿勢や、長期金利の下振れはより容認する姿勢を強調することで、本当の狙いを覆い隠し、市場の悪い反応を回避する工夫をしている。

貸出促進付利制度は事実上の銀行への補助金

施策の修正の中で、ややサプライズであったのは、貸出促進付利制度の導入であった。コロナオペなどの貸出促進を狙って、オペの残高に応じて(3つのカテゴリー)、上乗せ金利を付けるものだ。制度の詳細については省略するが、これは、既に実施している特別当座預金制度の拡張版とも言えるだろう。

上乗せ金利は短期政策金利(現在は-0.1%)に連動して動くが、その上乗せ金利は可変的である。その結果、政策金利を引き下げた場合でも、それが金融機関の収益に与える打撃を緩和することができる。この可変型上乗せ金利制度を導入することで、日本銀行は金融機関の収益に配慮しつつも、必要であれば政策金利の引き下げを実行できる、という金融緩和色をアピールする狙いがあるのだ。

しかし実際には、政策金利の引き下げを実施する可能性は低いことから、貸出促進付利制度は、事実上の銀行への補助金という性格が強い。さらに、この措置によって、短期政策金利は、事実上-0.1%から上昇することになる。政策金利目標をより曖昧にする柔軟化措置と言えるだろう。また、その結果、翌日物コールレートは上昇し、短めのゾーンの金利を押し上げる効果も生じる。これは金融機関、特に銀行の収益を助けることになるのだ。

日本銀行は、コロナ特別対策の時期を終えても、従来の政策に戻すことが妥当であることを、この「金融緩和の点検」で強くアピールした。しかし、本当の狙いは、長期化する金融緩和の副作用を減らすことにある。ダブルスタンダード(二枚舌)戦略である。

コロナショックを機に、副作用対策の中で最も重視し始めたのが、金融機関の収益悪化がもたらす金融システムの潜在的な不安定化への対策である。この点が最も明確に表れたのが、この貸出促進付利制度と言えるだろう。

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