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歴史に学ぶドル下落のポテンシャル

2021/04/09

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1931年ポンド危機の経験を振り返る

近い将来、世界の基軸通貨が一気にドルから人民元にとって代わられることは起きないだろう。しかし、デジタル人民元の発行を機に、新興国で人民元の利用が拡大すれば、ドルの影響力は先行き低下していく、との観測が為替市場に広がることになるはずだ。市場は現在ではなく将来の見通し変化を強く反映する性格が強いからである。それは、何らかの出来事をきっかけに、ある日突然起こるかもしれない(コラム「人民元vsドルの長い闘い」、2021年4月8日、「デジタル人民元は人民元国際化の切り札となるか」、2021年4月7日、「国際化する人民元のポテンシャルを推定」、2021年3月31日)。そこで、こうした背景のもと、ドルにどの程度の下落のポテンシャルがあるか、歴史から学んでみよう。

第1次世界大戦と第2次世界大戦の間は、ポンドとドルが(事実上の)基軸通貨として併存する時期だった。その中で、ポンドはその影響力の低下が意識され、為替市場では大きく売り込まれることが頻発していた。中でも、「ポンド危機」として広く知られているのが、1931年7月から9月にかけてのポンドの大幅下落の時期である。その結果、英国は1931年9月にポンドの金本位制離脱に追い込まれてしまったのである。

1931年のポンドの対ドルレートは、年初の1ポンド=4.86ドルから、1931 年12月には1ポンド=3.24ドルまで下落した。下落率は約33%である。この際には、固定相場制が維持できなくなって通貨が切り下がるというやや特殊な事例ではあったものの、基軸通貨の地位を失いつつある場合に短期間で生じ得る通貨の下落幅の一例ではある。

変動相場制移行後のドルの推移

時代は飛ぶが、1973年に第2次世界大戦後の通貨体制であったブレトンウッズ体制が崩壊し、主要国通貨が固定相場制から変動相場制へと移行した。それ以降のドルの推移を振り返ってみたい。

図表は、実質実効ドル指数の推移を見たものだ。実効ドル指数とは、他国通貨に対するドルの価値を、貿易規模で加重平均して算出した指数である。さらに、実質ドル指数とは、他国通貨に対するドルの価値について、市場で取引される名目為替レートを両国の物価変化率の差で調整して示した指数だ。

名目為替レートが一定である場合、物価上昇率が低い国の製品は、高い国の製品に対して価格競争力が高まっていく。実質ドル指数では、米国と貿易相手国との物価上昇率の格差を調整することで、米国の貿易品の国際競争力が、価格面からその国に対してどのように変化しているかが示される。そして、これら実効ドル指数と実質ドル指数とを組み合わせたのが、図表の実質実効ドル指数となる。この指数は、主要な貿易相手国全体に対する、米国の価格面からの国際競争力の変化を表している。

(図表)実質実効ドル指数の歴史的推移

ドルは変動相場制移行から3度目のドル高局面

現在は、1973年の変動相場制移行から3度目のドル高局面にあることをこの指数は示している。

1回目のドル高局面は、1980年代前半である。1981年に発足したレーガン政権の下でのドル高政策、中央銀行である米連邦準備制度理事会(FRB)による高金利政策の結果、大幅なドル高が生じた。冷戦構造下でレーガン政権が実施した軍事支出拡大とこのドル高は、財政赤字と経常赤字の大幅な拡大、いわゆる「双子の赤字」の問題を生み、それはドル暴落へのリスクを高めたのである。

そこで、各国による国際協調を通じて、ドル暴落のリスクを減らすための秩序だったドルの調整が図られたのである。その起点となったのが、1985年9月のプラザ合意だ。

このプラザ合意から、1987年2月に各国がドル安に歯止めをかけることで合意したルーブル合意までの1年5か月の間に、実質実効ドル指数は17%下落した。1988年末のドルのボトムの水準で計算すれば、ドルの価値はちょうど30%下落している。

2回目のドル高局面は、クリントン政権(1993年~2001年)と重なる1990年代半ばから2000年頃だ。冷戦構造の崩壊による「平和の配当」で、米国の財政赤字が減少し、それによる金利低下が米国経済に活況をもたらした時期だ。ドルに対する信認がかなり高まったのである。

この時期のドル高は、2000年末から2001年にかけての「IT(ネット)バブル」崩壊で終焉した。やや長めに2002年のピークと2008年のボトムとの間で計測すれば、ドルの価値は25%程度下落している。

デジタル人民元発行などをきっかけとする人民元の影響力上昇の可能性や米国の急速な財政環境の悪化などを背景に3度目のドル高局面も、そろそろ終焉に近付いてきているのではないか。

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