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新たなスマートフォン送金インフラの創設へ

2021/05/12

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新たなスマートフォン送金サービスが来年度に開始

三菱UFJ銀行など大手5行が、スマートフォン向け送金サービスの新会社を今年7月にも共同で設立する、と日本経済新聞などが10日に報じている。このサービスでは、ATMを使うよりも大幅に安い料金で個人が少額の送金ができるようになる。新会社には、三菱UFJ銀と三井住友銀行、みずほ銀行の3メガバンクに加えて、りそな銀行と埼玉りそな銀行の5行が出資する。

この5行は昨年8月に、多頻度小口の資金決済における利便性向上に向けて、新たな決済インフラ構築を主導していくこと(ことらプロジェクト)で合意した、と発表していた。このプロジェクトが進捗し、実現の時期が近付いてきたのである。2022年1月にもシステムを構築し、2022年度の早いうちにスマートフォンの専用アプリでサービスを始める方針だという。

1回あたりの送金額の上限は10万円程度に設定される見通しだ。それによって、より高額の送金がメインである全銀ネットとの棲み分けが図られる。このサービスは、年間20兆円程度と推定される個人間の現金のやり取りを担うものとなる。また、個人の税公金の収納もできるようにする。

進む決済システムの見直し

日本では決済システムの見直しが急速に進められている。銀行間の資金決済を担う「全銀ネット(全国銀行資金決済ネットワーク)」は、運営する「全銀システム(全国銀行データ通信システム)」で、今年10月にも、銀行間送金にかかる手数料を現状の半分程度にまで引き下げる方針を固めている。低価格によるスマートフォン向け送金サービスも、これに続く決済システムの改革と位置づけられる。

見直しのきっかけとなったのは、政府の働きかけだ。政府が2020年7月に閣議決定した「成長戦略実行計画」では、全銀システムについて「銀行間手数料の引き下げ」という改革案が示された。それに先立つ2020年4月には、公正取引委員会が、全銀システムの閉鎖性や高止まりする銀行間手数料を問題視する報告書を発表していた(コラム「銀行送金手数料は大幅引き下げへ」、2021年3月5日)。

J-Debitサービスを利用しネットワーク効果に期待

低価格あるいは無料の個人間でのスマートフォン送金では、民間決済業者のサービスが先行している。大手5行が準備するスマートフォン送金は、これと競合する面があり、その観点からも低価格でのサービス提供に重点が置かれた設計となっている。短期間かつ低コストでシステムを開発するために、既存のJ-Debitサービスで利用されている基盤が活用される。Bank Payやみずほ銀行が提供するアプリのJ-Coin Payなど既にある複数の銀行系サービスをこの新たなインフラに接続することで、多くの個人の利用が可能となる。

J-Debitサービスには、銀行や信用金庫など約1,300の預金取扱金融機関が参加している。それらの機関は、わずかなコストでこのスマートフォン送金サービスに参加できる。この新たなインフラは、まずは大手5行で始めるが、その後は多くの金融機関の参加を呼び掛け、社会インフラ化することが想定されている。参加する金融機関が増え、利用者が増えるほど、サービスの利便性は高まり、さらに参加する金融機関が増えるという循環につながることが期待される。いわゆるネットワーク効果が発揮されることが期待されているのである。

「協調領域」の決済インフラに

ただし、大手5行は、非銀行のスマートフォン決済業者と競合することを目指しているのではなく、彼らもこのインフラに接続することで、各サービスの相互運用性を高めることを視野に入れている。現在、非銀行のスマートフォン決済が乱立する中、異なるサービス間の送金などに支障が生じており、それが利用者の利便性を低下させていることへの対応、という側面がある。

大手5行による新たな少額送金サービスは、APIを利用して様々な決済サービスと接続していく、決済インフラとして設計されるものだ。それは、各社の「競争領域」となるサービスレイヤーではなく、「協調領域」のインフラレイヤーとして構築されるもの、と位置づけられる。各社が独自のサービスを利用者に提供し、互いに競い合う中でイノベーションも生まれる。他方で、決済の基盤部分を共有することで、低コストと相互運用性を高め、利用者の利便性を高めることもできるのである。

これは、CBDC(中銀デジタル通貨)も含め、将来の決済インフラを先取りしたデザインと言えるのではないか。

(参考資料)
「大手5行、スマホ送金で7月にも新会社=低料金サービス」、2021年5月10日、時事通信ニュース
「10万円以下の送金、スマホで割安に 大手銀行が新会社」、2021年5月11日、日本経済新聞電子版
一般社団法人全国銀行資金決済ネットワーク 「次世代資金決済システムに関する検討タスクフォース」

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