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骨太の方針(原案)とポストコロナの経済政策を考える

2021/06/10

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カーボンプライシングの議論を迅速に進める必要

6月9日の経済財政諮問会議で、来年度の予算編成に向けた経済財政運営の指針となる「骨太の方針(「経済財政運営と改革の基本方針2021)」の原案が公表された。骨子案という形で既に5月に示されていたように、ポストコロナの経済政策に重点が置かれており、第2章の「次なる時代をリードする新たな成長の源泉~4つの原動力と基盤づくり~」では、①グリーン社会の実現、②官民挙げたデジタル化の加速、③日本経済を元気にする活力ある地方創り(新たな地方創生の展開)、④子どもを産み育てやすい社会の実現、の4つの原動力が示された。この4つともポストコロナの重要な政策課題であり、菅政権の独自色が表れている。

第1のグリーン社会の実現について、地球温暖化対策は経済政策の一環というよりも、もはや逃れることができない各国の重要な責務である。そのうえで、対策の推進が成長を阻害することなく、むしろ新たな成長の原動力になるように最大限努めることが求められる。

2050年のカーボンニュートラルを実現するためには、現時点ではまだ見えていない革新的な技術の登場が必要なのではないか。政策としては、地球温暖化に資する企業の投資に幅広く税制面での優遇措置を与える、といった古い手法にとどまらず、リスクをとって新たな技術の開発に取り組む企業をピンポイントで支援する、といった発想も重要だろう。

他方、2030年までにCO2を46%削減するという目標をあと9年で達成するためには、新たな技術の登場に期待する訳にはいかない。再生可能エネルギーのコストが他国と比べて高い日本では、再生可能エネルギーを使った発電の比率は自然体で急速に高まることは期待できない。そこで、政府の強い後押しがどうしても必要になってくるのである。

この観点から、今回の骨太の方針(原案)に炭素税や排出量取引を用いたCO2排出量削減策、カーボンプライシングが盛り込まれたことは歓迎したい。2030年までの時間が限られていることから、具体的なスキームの議論を迅速に進めて欲しいところだ。

CBDC(中銀デジタル通貨)もDXの一環

第2の官民挙げたデジタル化の加速については、デジタル庁を司令塔とする政府内でのデジタル化推進のみならず、民間部門でのデジタル化推進、DXの加速が、経済の生産性向上の観点から非常に重要だ。前者と比べると後者については、政府の戦略がまだ定まっていない印象がある。

注目されるのは、官民挙げたデジタル化の加速のなかに、「CBDC(中銀デジタル通貨)について、政府・日銀は、2022年度中までに行う概念実証の結果を踏まえ、制度設計の大枠を整理し、パイロット実験や発行の実現可能性・法制面の検討を進める」との文言が加えられたことだ。CBDC(中銀デジタル通貨)に言及したのは、昨年の骨太の方針に続いて2年連続だ。ここには、CBDC(中銀デジタル通貨)に慎重な日本銀行に圧力をかける政府の狙いがあるだろう。日本銀行も次第に外堀を埋められつつある。

他方、このCBDCの記述が、「経済安全保障」のパートではなく、デジタル化のパートに盛り込まれたことは適切だ。従来政府・与党内では、CBDCは、中国のデジタル人民元への対抗という経済安全保障の観点から議論されることが多かった。実際には、経済の効率化、国民の利便性向上などの観点から、その発行の是非を議論すべきものである。

経済政策としての最低賃金の引き上げは慎重に

第3の地方創生では、より早期に最低賃金を全国平均で1000円まで引き上げるという方針が盛り込まれた。しかしながら、労働者間の賃金水準の公正性の観点から実施する、つまり社会政策として実施する最低賃金の引き上げではなく、経済政策としての最低賃金の引き上げについては、慎重な議論が必要だ。

基礎的な経済学では、企業の雇用は、雇用の限界生産性と実質賃金(名目賃金÷物価)が一致する時点で決まる。他の条件が変わらない中で、名目賃金が上昇すれば企業は雇用を減らし、その結果、失業者が増えるのである(コラム、「最低賃金の引上げは非正規雇用の支援となるか」、2021年6月10日)。

(実質)賃金の上昇は、生産性向上の成果配分として労使間交渉を経て生じるものであり、最低賃金はそれに合わせて公正性の観点から引き上げられていくべきものだ。賃金を無理に上げるのではなく、まず政府は、企業、雇用者の生産性向上を引き出す措置に最大限注力すべきだ。

順序が逆となり、生産性向上がない中で賃金を引き上げれば、雇用の削減、設備投資の抑制など、経済の安定や社会厚生の観点から望ましくない影響を生じさせるリスクが高まるだろう。

今回の骨太の方針(原案)には、生産性向上を起点として経済の好循環を生じさせるような政策のビジョンを、しっかりと盛り込んで欲しかった。

財政健全化でより具体策の議論を

今回の骨太の方針(原案)のなかで問題が棚上げされた感が最も強いのが、財政健全化である。昨年の骨太の方針では、柱であるべきはずの財政健全化の議論が、コロナ問題を受けてほぼ抜け落ちてしまった。

今年は、財政の健全化を示す基礎的財政収支(プライマリーバランス)の黒字化目標が2年ぶりに明記されたが、それは2025年度までの黒字化という、コロナショック前のものを踏襲したものだ。達成不可能であることが明確な目標が維持されたのである。ただし「本年度内に、目標年度を再確認する」との文言が加えられている。年度内に、目標達成の時期を2025年度から2030年度に5年先送りする方針が決定されるのではないか。

現時点で達成時期の目標の修正を行えば、それを実現するための新たな政策を具体的に提示することが求められることを政府は警戒しているのだろう。そこで、黒字化達成の時期の修正と新たな財政健全化に向けた施策の提示は、新型コロナウイルス感染問題に収束の方向性が見え、感染対策に関わるコストの全体像が見えてから始める考えなのだろう。

しかし、国債発行でコロナ対策のコストを賄うことは、次世代への負担の転嫁でもあり、将来の需要を奪ってしまうことにもなり、長く続けるべきではない。財政環境の悪化を放置すれば、将来の成長期待は低下し、ポストコロナの経済の潜在力にマイナスに働いてしまう可能性があるだろう。

菅首相は先月、「プライマリーバランス(基礎的財政収支)黒字化などの財政健全化の旗を降ろさず、歳出改革努力を続けていく」と発言した。歳出抑制だけでコロナ対策のコストを賄うことは無理である。

黒字化目標の修正を待たずに、増収策を含めた財源確保の議論をすぐにでも始めるべきではないか。それはポストコロナの経済の中長期の潜在力を高める重要な政策の一つともなりえるだろう。

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