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FRB内で検討が進むデジタルドル(Fedコイン)

2021/06/29

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中銀デジタル通貨・デジタルドルの議論が活発に

米連邦準備制度理事会(FRB)は5月20日に、米国の中銀デジタル通貨(CBDC)、いわゆる「デジタルドル(あるいはFedコイン)」について、そのメリットやリスクについての見解をまとめた報告書を、今夏に公表すると発表した(コラム「FRBが中銀デジタル通貨『デジタルドル』の報告書を今夏に公表」、2021年5月24日)。

またボストン連銀とマサチューセッツ工科大学は中銀デジタル通貨の共同研究を2020年8月から行っているが、その報告書も今夏に公表する予定だ。早ければ7月上旬にも公表される。これらの公表時期が近付く中、FRB内では中銀デジタル通貨の議論が活発化している。

報告書の発表は、FRBが中銀デジタル通貨の発行に向けて動き出したことを意味するものではない。実際のところクオールズFRB副議長は28日の講演の中で、デジタルドルの発行について「潜在的なメリットが不透明である一方、深刻かつ現実的なリスクをもたらす」と予想外に否定的な見方を示している。

だが報告書の公表は、従来、中銀デジタル通貨の発行に慎重な発言を繰り返してきたFRBの姿勢が多少なりとも前向きに変わったことを裏付けるものと言えるだろう。中銀デジタル通貨の発行に慎重な前トランプ政権からバイデン政権に代わったことも影響しているだろう。

ユーザーの利便性向上と金融包摂に資する

FRBが中銀デジタル通貨の検討に前向き姿勢を見せ始めた背景には、内外双方の要因がある。国内的には、中銀デジタル通貨が決済の効率性とユーザーの利便性を高める、そして金融包摂を促すというメリットについての議論が、FRB内で高まっている。

FRBは、銀行間での新たな決済・送金システム「Fedナウ」を2023年に導入する予定だ。これによって、銀行間における迅速な資金移動が可能となる。中銀デジタル通貨が導入されれば、これとセットで、個人の送金はより迅速に行うことができるようになる。

他方、米国では銀行口座を持たない世帯の割合が5.4%に及んでいる。そうした世帯では、新型コロナウイルス対策で政府からの現金給付を受け取るのに時間がかかってしまった。中銀デジタル通貨があれば、銀行口座を持たない人も、スマートフォンなどで瞬時に現金給付を受け取ることができるようにすることも可能である。こうした金融包摂の観点からも、中銀デジタル通貨には大きなメリットがあるとの議論がFRB内では高まっている。

グローバルステーブルコインを意識か

他方、対外的には、安全で低コストのクロスボーダーの送金を可能にするとの観点から中銀デジタル通貨が検討される、という側面もあるだろう。しかしそれ以上に、フェイスブックの「ディエム(リブラ)」などステーブルコインがクロスボーダーの送金に使われる場合、それがマネーロンダリング(資金洗浄)などの犯罪に用いられ、また個人のプライバシーを侵害するリスクがある。それへの対応をFRBは意識しているだろう。中銀デジタル通貨であれば、そうしたリスクを抑制できるからだ。

このように、急速に進化する世界の新たな資金決済サービスに対して、そのリスクを抑え、ユーザーの利便性を高めるように方向づける、そうした議論を米国が主導したい、との思いがFRBにはあるのだろう。中銀デジタル通貨は、クロスボーダーも含めて資金決済サービスの進化に重要な役割を果たす可能性がある。その場合、米国自身は中銀デジタル通貨を発行しなくても、先進国での中銀デジタル通貨の標準化の議論を米国が主導したい、と考えているのではないか。バイデン政権が成立して以降、すべての分野で米国が主導権を握る、あるいは主導権を取り戻そうとする動きが強まっている。

米中で中銀デジタル通貨の標準化争い、覇権争いに

対外的には、中国が2022年にも発行するデジタル人民元への対抗も、FRBがデジタルドルを検討する強い誘因になっている、との指摘が多い。ただしFRBは、デジタル人民元への対抗を意識していない、との主旨の説明を繰り返している。前述のクオールズ副議長も、「準備通貨としてのドルの地位、国際金融決済におけるドルの支配的な役割が、他国のデジタル通貨に脅かされる公算は小さい」として、デジタル人民元はドルにとって脅威ではないとしている。

しかし実際には、FRBもデジタル人民元がドルの地位を脅かすリスクを警戒しているのではないか。中国は、デジタル人民元の発行を通じて、世界の中銀デジタル通貨の標準作りを進める狙いがあることや、ドルの覇権を揺るがす狙いがあることなどが指摘されている。

英国で開かれた先般のG7サミットの声明文では、中銀デジタル通貨の根底には法の支配や透明性といった先進国の共通理念があるべきだ、との考えが明記された。これはデジタル人民元を強くけん制するものだ。さらに、デジタル人民元をさらにけん制する狙いで、G7は今秋にも中央銀行デジタル通貨が順守すべき原則を作るという。

米国が中銀デジタル通貨の調査・研究を前進させたことは、中国と先進国との間で中央銀行デジタル通貨を巡る標準化争い、覇権争いが本格的に始まったことを意味しよう。

デジタルドルの具体的な設計の議論も

FRB内で中銀デジタル通貨の調査・研究をリードするボストン連銀のエリック・ローゼングレン総裁は23日に、デジタルドルは「アップルペイとベンモ(ペイパル傘下の小口送金サービス)を足して2で割ったような仕組みになる」との考えを示している。その意味するところは明確でないが、ユーザーにとって現在広まっている民間のスマートフォン決済に近いものを想定しているのではないか。

ボストン連銀の安全決済・フィンテック分析部署のスタッフは3月に、「銀行の普通預金口座や当座預金口座に並んで、中銀デジタル通貨口座が表示されるだろう」と指摘している。これは、デジタルドルが発行された場合、個人や企業はFRBにそれぞれ口座を持ち、そこから直接デジタルドルを入手するのではなく、銀行口座から同じ銀行にあるデジタルドルにチャージする形で使う、という姿を検討しているのである。

パウエル議長も、「国民全員の決済について把握できる台帳を持つという考えは、米国の文脈で考えると、特に望ましいことではない」とし、FRBが直接デジタルドルを個人や企業に供給し、全ての取引履歴の情報を得ることは、個人のプライバシーを守る観点からも望ましくない、と考えていることをうかがわせている。

今夏にFRBが中銀デジタル通貨の報告書を公表しても、FRBがその発行を決めることに直接結びつく訳ではない。しかし、そこに向けて中銀デジタル通貨デジタルドルを発行する際の具体的な設計については、既に議論が進められているようだ。それらは、先進国での中銀デジタル通貨の発行議論や設計に大きな影響を与えることになろう。それこそが、FRBが強く望んでいる点でもある。

ただし、それは世界の中銀デジタル通貨の標準ではなく、中国のデジタル通貨の標準と対抗する先進国の中銀デジタル通貨の標準となるだろう。

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