フリーワード検索


タグ検索

  • 注目キーワード
    業種
    目的・課題
    専門家
    国・地域

NRI トップ ナレッジ・インサイト コラム コラム一覧 米国の供給制約・インフレ懸念とブルウィップ効果

米国の供給制約・インフレ懸念とブルウィップ効果

2021/07/02

  • Facebook
  • Twitter
  • LinkedIn

川上部分で目立つ価格上昇

米連邦準備制度理事会(FRB)が重視するPCE(個人消費支出)デフレータは、5月に前年同月比で3.9%上昇した。上昇率は2008年8月以来、実に12年9か月振りの大きさである。足もとでの物価上昇を受けて、FRBは資産買い入れの減額(テーパリング)や政策金利の引き上げなど、金融政策の正常化を前倒しするタカ派的な傾向をにわかに強めている。

しかし、物価上昇率の高まりが、新たな分野を含む本格的な需要回復によるものなのか、それとも部分的な供給制約によるものであるのかは、いまだ判然としていない。後者であれば、物価上昇率の高まりは一時的なものであり、FRBは需要が本格的に回復するまで、金融政策の正常化を急ぐべきでないことになる。実際には、双方の要因が混在しているだろうが、後者の要素の方がより大きいのではないか。

世界的に価格上昇傾向が目立っているのは、原油など原材料の価格と、輸送費などである。これらは、最終需要を支えるためにサプライヤーが供給する中間投入である。そして生産過程の川上段階に当たる部分だ。

「ブルウィップ効果(ムチ効果)」に注目

自動車の製造を例にとれば、低迷していた自動車の売れ行きが回復し始めると、自動車メーカーは生産を拡大させるために、部品のタイヤをタイヤメーカーに発注する。その際に自動車メーカーは現時点で必要な分だけでなく、先行きの自動車販売の回復を見込んで、多めにタイヤを発注する。一方タイヤメーカーは、受注が急増したことで、それに見合って生産を拡大させるだけでなく、先行きの受注増加に備えて在庫を積み上げておこうとし、その分を上乗せして生産を拡大させるのである。そうなると、タイヤの製造に必要な原料のゴムへの発注が急増することになる。

このように、需要の回復時には、中間段階でそれぞれ在庫を積み上げる動きが出るために、生産活動は川上に行くほど大きく回復する。逆に、需要の後退期には、生産活動は川上に行くほど大きく減少するのである。これが、鞭の先端ほど大きく振れて、それが遠心力で強い力を発揮することと似ていることから、「ブルウィップ効果(ムチ効果)」と呼ばれている。

米国では食品サプライチェーン(供給網)に大きなストレス

これはサービス業でも生じる。米国では新型コロナウイルス対策の規制緩和に伴って、レストランやバーに食事客が戻っている。その結果、食品サプライチェーン(供給網)に大きなストレスがかかっているのである。

流通業者は鶏肉をはじめとする日常的な食材が不足しているのに加えて、人手不足や輸送コストの高騰に直面している。配送パターンの混乱や変化で、食品輸送に必要な特殊冷蔵トラックの需要が跳ね上がり、あるいは拠点から離れていたりするために、輸送コストが急上昇しているという。

食品サプライヤーは、コロナ禍の下では、スーパーマーケットなどにより多くの商品を振り向けていた。このためレストランや施設のフードサービス業務が再開され需要が高まると、一部の商品が不足することになったのである。

半導体メーカーが巣篭り消費で需要が高まったスマートフォンなど電気機器向けの供給にシフトしていたところに、自動車の販売・生産が急回復し、車載用半導体に深刻な品不足が生じたのと似ている。

在庫圧縮など生産の効率化が背景に

今回のコロナショックからの経済持ち直しの過程では、過去の景気回復時よりも「ブルウィップ効果」が大きく表れたように見える。今後日本経済についても、回復に向かう過程で「ブルウィップ効果」が現れ、一部で価格が上昇するかもしれない。しかし、いずれにせよそれは一時的な現象である。価格上昇を受けて供給が増えるようになるため、深刻な品不足、人手不足、価格高騰は長くは続かない。

そもそも「ブルウィップ効果」が大きく表れる背景には、企業が生産効率と収益性を高め、人員と在庫の保有を極力抑えてきたことがある。そうしたリーン生産方式の採用は、予期しない大きなショックがあるとその脆弱性をあらわにする。2001年の同時多発テロ事件、2011年東日本大震災などが代表的な例である。コロナショックも、世界の企業の生産管理とグローバルなサプライチェーン体制を大きく見直すきっかけになるだろう。

(参考資料)
"Food Supply Chains Are Stretched as Americans Head Back to Restaurants" Wall Street Journal, May 22, 2021
"Consumer Demand Snaps Back. Factories Can’t Keep Up", Wall Street Journal, February 22, 2021

執筆者情報

  • Facebook
  • Twitter
  • LinkedIn