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中銀の気候変動リスク対策関与で物価安定目標との間に二律背反

2021/07/06

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中央銀行のグリーンボンド買入れの動き

日本銀行は、民間金融機関の気候変動対応投融資をバックファイナンスする、新たな資金供給の枠組みを導入することを決めた。日本銀行は、今まで気候変動対策に関与することに慎重な姿勢を続けてきたが、海外の中央銀行が積極姿勢を強める中、その流れに逆らえなくなったとの印象が強い(コラム「気候変動対策で政府との協調を進める日本銀行」、2021年6月18日)。

足元でも7月2日に欧州中央銀行(ECB)の理事会メンバーであるスペイン中銀総裁は、社債購入や担保の受け入れについて、対象となる企業の気候変動リスクの開示を一定の基準に基づいて評価し、それを受け入れの条件とする考えを示している。また、ECBは近い将来、資産買い入れの対象にグリーンボンド(環境債)を明示的に加える可能性がある。

物価安定と並んでカーボンニュートラルがその使命に加えられる予定のイングランド銀行(BOE)は、買入れの対象となる社債について、発行体である企業の温暖化ガス排出量の段階的な削減目標などを条件にする考えだ。スウェーデン中銀のリクスバンクは今年1月から、社債の買い入れ対象を、環境対策などサステナビリティー(持続可能性)の基準を満たす社債のみに制限した。

気候変動のストレステストに広がり

資産買い入れは、中央銀行が物価安定の目標(使命)を達成するために実施するマクロ金融政策であるが、一方、金融機関の健全性、金融システムの安定性の維持という目標(使命)を達成するために実施されるプルーデンス政策でも、気候変動リスクへの中央銀行の関与が加速してきている。

今後1年のうちに、BOEなど10数か国・地域の中銀が、銀行、保険会社、年金基金を対象にして気候変動のストレステストを実施する予定だ。それには、ECBや日本銀行、オーストラリア、カナダ、シンガポールの中央銀行も含まれる。米連邦準備制度理事会(FRB)のパウエル議長も「気候変動のストレステストには好ましい点が多々ある」と発言している。FRBも早ければ2022年~2023年に気候変動ストレステストに乗り出す可能性があるだろう。気候変動のストレステストの結果、問題がある金融機関には、資本の積み上げ等が求められる。

中央銀行のグリーンボンド買入れにリスク

気候変動は金融機関の資産価値を損ねるなど、金融システム上のリスクとなる。そのため、プルーデンス政策の観点から、中央銀行が気候変動リスクへの対応を強めていくのは概ね妥当である。

しかしマクロ金融政策の観点、特にグリーンボンドの買入れなどについては、まだ大きな課題が残されている。それは、気候変動リスクへの影響を正確に反映する事業のタクソノミー(分類)がまだ確立されていないこと、そして、グリーンボンドの発行で調達した資金の使途が厳格には捕捉されない、といった問題などだ。こうした環境のもとでは、中央銀行によるグリーンボンドの買入れが市場を歪め、気候変動リスクを逆に高めてしまうリスクさえあるだろう。

気候変動リスク対策は、政府が主導すべきものだ。少なくとも、中央銀行がグリーンボンドの買入れでそれに積極的に関与するには、まだ機は熟しておらず、さらなる環境整備を待つ必要があると感じる。

気候変動リスク対策への関与は物価安定の使命と矛盾してしまうリスク

中央銀行がマクロ金融政策で気候変動リスク対策に関与する場合には、中央銀行の使命、特に物価安定の使命との整合性が維持できるのか、も非常に重要な課題となる。カーボンニュートラルがその使命に正式に加えられる予定のBOEについては、特にそうだ。

実際、将来、両者が矛盾してしまうようなケースは十分に想定できる。例えば、中央銀行の関与にも助けられて省エネ化が進み、また化石燃料から再生可能エネルギーの利用へのシフトが進めば、原油価格は下落しやすくなる。その影響が大きく表れれば物価上昇率は下振れ、中央銀行の物価安定目標の達成を妨げることになりかねない。

逆のケースでは、現在の固定価格買取制度(FIT)のもとでは、割高の再生可能エネルギーによる発電を拡大していけば、それはユーザーの電力料金に上乗せされていくため、物価上昇率を高めることにつながる。割高な電力を利用する企業は、それを製品価格に上乗せするだろう。これも、中央銀行の物価安定目標の達成を妨げることになりかねないのである。

このように、気候変動リスク対策への関与には、物価安定の使命との間に、二律背反の問題を生じさせるリスクがあることは事実だ。

日本ではトランジションボンドの重要性が高い

民間金融機関の気候変動対応投融資をバックファイナンスする新たな資金供給の枠組みを導入することを決めた日本銀行も、現時点ではグリーンボンドの買入れなどについては慎重であろう。

そうした施策は、化石燃料での発電などを担うCO₂(二酸化炭素)を多く排出する高環境負荷企業の資金調達を制限する一方、CO₂を多く排出しない低環境負荷企業の資金調達を助けることになる。

しかし、特に日本では、高環境負荷企業がCO₂の排出量をできるだけ抑えるための新規投資を行う方が、CO₂の排出量全体の削減により大きく貢献する可能性が十分にある。この観点から、中央銀行が低環境負荷企業のグリーンボンドを買入れるよりも、高環境負荷企業がCO₂の排出量をできるだけ抑えるための新規投資を行うトランジションボンド(移行債)を買入れる方が、気候変動対策により貢献する可能性がある。

日本銀行の新たな資金供給では慎重な基準の設定を

しかし、トランジションボンドの買入れ基準の設定は、グリーンボンドの買入れ基準の設定よりもさらに難しい。高環境負荷企業がトランジションボンドによって調達した資金を、既存の事業の継続、拡大に使ってしまう場合には、中央銀行によるトランジションボンドの買入れが、CO₂の排出量の拡大をより促してしまうことにもなる。こうした点にも、資産買い入れを通じた中央銀行の気候変動リスク対策への関与の難しさがある。

日本銀行の新たな資金供給でも、金融機関が気候変動リスクの軽減につながる貸出であるか否かの査定をまだ正確に行うことができない、という問題があるだろう。また、トランジションボンドと同様に、トランジションレンディング(移行融資)の評価はかなり難しい。

中央銀行は、気候変動リスクへの対応は基本的には政府が主導すべきものとの原則を崩さずに、気候変動リスク対策への過度な関与には慎重な姿勢を維持すべきではないか。また日本銀行も、新たな資金供給の設計においては、上記に述べた様々なリスクに配慮して、慎重に基準の設定を行うことが求められる。

(参考文献)
「ECB、社債購入で気候リスク開示条件化も=スペイン中銀総裁」、2021年7月2日、ロイター通信ニュース
「中銀、企業に脱炭素促す 社債購入に環境配慮条件」、2021年6月8日、日本経済新聞電子版
「[FT]中銀、環境ストレステスト導入へ 資本コストを左右」、2021年6月21日、フィナンシャルタイムズ

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