フリーワード検索


タグ検索

  • 注目キーワード
    業種
    目的・課題
    専門家
    国・地域

NRI トップ ナレッジ・インサイト コラム コラム一覧 ECB気候変動リスク対応の行動計画と日本銀行の対応との比較

ECB気候変動リスク対応の行動計画と日本銀行の対応との比較

2021/07/12

  • Facebook
  • Twitter
  • LinkedIn

ECB気候変動リスクへの対応の「行動計画」

欧州中央銀行(ECB)は8日に、金融政策の新たな戦略を発表した(コラム「欧米中銀のインフレ目標政策見直しとその課題」、2021年7月9日)。その中には、気候変動リスクへの対応の「行動計画」とロードマップも含まれている。日本銀行は16日に、気候変動対応投資支援オペの骨格素案を発表する予定であり、気候変動リスク対応への関与を始めている。しかし、この分野では先を行くECBとの間には、まだかなりの温度差がある状況だ。

ECBが最近設立した「気候変動センター」は、ユーロシステム(ECBと加盟国の中央銀行)と協力して、以下のような活動を行う。

第1に、新しい経済モデルの開発を加速して、気候変動やそれに関連する政策が経済、金融システム、金融市場、銀行システム、そして家計や企業への金融政策のトランスミッション(伝達)メカニズムに与える影響をモニターする。

第2に、関連するグリーン金融商品、金融機関の二酸化炭素排出量、および気候関連の物理的なリスクへのエクスポージャーをカバーする、新しい指標を開発する。

第3に、ECBは民間部門の資産を担保として受け入れる、あるいは買入れの対象とするにあたって、サステナビリティの観点からの情報開示をその要件として求める。ECBはこの点について、2022年に詳細を発表する。

第4に、ECBは、気候変動がユーロシステムに与えるリスクの規模を評価するために、2022年にユーロシステムの気候ストレステストの実施を開始する。さらに、信用格付け機関が、気候変動リスクを信用格付けに組み込む方法を理解するために必要な情報を開示しているかどうかを評価する。

グリーンボンドの買入れは近いか

第5に、担保としてユーロシステムに差し入れられる金融資産を評価し、そのリスクを管理する際に、気候変動リスクを考慮に入れる。

第6に、社債など企業部門の資産買い入れについて、ECBは資産査定の手続きに、関連する気候変動リスクをすでに考慮に入れ始めている。今後は、社債買い入れの選択基準に、気候変動要因を組み入れていく。ECBは、2023年の第1四半期までに、企業部門の資産買い入れについて、気候変動リスクに関わる情報を開示する予定だ。

以上はECBの気候変動リスク対応についての「行動計画」の概要を示すもので、それほど具体的な内容はない。しかし日本銀行などと比べると、金融政策そしてプルーデンス政策における気候変動リスクへの対応に、ECBが格段に積極姿勢であることをうかがわせる。

特に社債買い入れや担保については、ECBは既に気候変動リスクを考慮に入れ始めている。金融政策としてのグリーンボンドの買入れに、かなり近い状況にあるように見受けられる。

気候変動リスクへの対応は中央銀行の使命の範囲内か

ECBは、気候変動リスクへの対応という新しい取り組みが、ECBに与えられた物価安定などの使命(マンデート)と整合的であり、そこから逸脱することがないように十分留意していることを対外的にアピールしている。

ラガルド総裁は、「中央銀行は気候変動対策の主役ではない。言うなればバスを運転しているわけではない。しかし、バスには乗車しているのである。われわれの使命の下、気候変動が物価安定に影響を与えるかどうかを検討する必要がある」と説明している。

ECBは、自らに与えられた使命の範囲内で気候変動リスクへの対応に取り組むとしている。そして、「気候変動リスクは、インフレ、生産量、雇用、金利、投資、生産性などのマクロ経済指標への影響を通じて、物価安定の見通しに影響を与える」とのロジックを用いて、気候変動リスクへの対応が物価安定の使命と整合的であることを説明している。

日本銀行も気候変動問題に対する基本方針を公表へ

時事通信社によると、ECBと同様に日本銀行も気候変動問題に対する基本方針を取りまとめ、この夏にも公表する。日銀が自ら抱える気候変動リスクを情報開示する方針も盛り込むという。

気候変動対応投資支援オペの実施を決めた背景について、日本銀行はECBと同様に、「気候変動が日本銀行の使命である中長期の物価の安定に影響を与えること」を挙げている。時事通信社によると、基本方針においても、気候変動リスクへの対応は、日本銀行法に書かれた「物価の安定を通じて国民経済の健全な発展に資する」という日本銀行の使命と整合的であることを確認するという。

中央銀行は過度に関与することがないよう

ただし、中長期の経済や物価に影響を与える要因は、実際には数限りなくあるはずだ。それらがすべて、中央銀行が対応すべき課題であるとはとても思えない。

例えば、人口減少は中長期の成長率や物価上昇率を下振れさせる要因になりえる。だからと言って、中央銀行に出生率の上昇や移民受け入れの促進を求めるのはおかしい。実際のところ、それを達成するための手段を中央銀行は持っていない。

中央銀行が世の中の求めに応じて、多くの使命を安請け合いすると、それぞれの使命の間に不整合が高まり、結局、どの使命も達成できないということになりかねない。実際、気候変動リスクへの対応は、物価安定目標の達成と矛盾してしまう可能性もあるのだ(コラム「中銀の気候変動リスク対策関与で物価安定目標との間に二律背反」、2021年7月6日)。

気候変動リスクへの対応は極めて重要であり、国際的に果たさなければならない責務である。ただしそれを政策面で主導するのは、あくまでも政府だ。中央銀行はこの分野で自らの使命の範囲を超えて過度に関与することがないよう、冷静な姿勢を続ける必要があるだろう。

(参考資料)
"ECB presents action plan to include climate change considerations in its monetary policy strategy", ECB, July 8, 2021

執筆者情報

  • Facebook
  • Twitter
  • LinkedIn