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自民党総裁選と次期政権の経済政策への期待

2021/09/06

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安倍カラーは一段と後退か

9月29日に投開票される自民党総裁選は、菅首相が3日に突然不出馬を表明したことによって情勢が一変し、混戦模様となってきた。当初は菅首相と岸田前政調会長の一騎打ちの構図であったが、菅首相の不出馬表明を受けて、総裁選への出馬を検討する向きが増えた。現時点で正式に出馬を表明しているのは岸田氏(岸田派)のみだが、高市氏(無派閥)は出馬の意向を明確に示している。また、河野行革担当大臣(麻生派)は、新たに出馬の意向と報じられている。野田幹事長代行(無派閥)も、新たに出馬の意欲を見せている。さらに、出馬に否定的であった石破氏(石破グループ)が方針を変えて出馬する可能性もある。

菅首相は安倍前政権の継承者であることを自認していた。菅政権の終了は、経済政策で安倍カラーが一段と薄れていくことを意味しよう。安倍前首相は、3本の矢として、積極的な金融緩和、機動的な財政出動、設備投資を促す構造改革を掲げてきた。実際には、経済政策は積極財政・金融政策に依存する傾向が強く、構造改革の進展は限られたと言えるだろう。

安倍政権、菅政権が積み残した構造改革の推進

菅首相は安倍前政権の継承を掲げつつも、前政権のもとでは十分に進まなかった構造改革を、対象を絞ってピンポイントで進めようとしていたように見える。具体的には特定分野での規制改革、競争政策である。しかし、実際にはコロナ対策に忙殺され、構造改革を十分に進めることはできなかった。

成果として挙げられるのは、携帯の通信費引き下げとデジタル庁の創設ではなかったか。デジタル庁創設も省庁の縦割り打破という狙いが中心で、今のところは省庁間や国と地方政府との間のシステムの統合に力点が置かれているように見える。デジタル庁は、公的部門のみならず、民間でのデジタル化推進の旗振り役を果たし、それを通じて経済の効率化向上を進めていって欲しい。

また、菅政権が掲げた中小企業改革についても、目立った政策を打ち出すことはなかった。地方経済の活性化についても同様である。次の首相には、金融・財政政策に強く依存したアベノミクスからの脱却を期待したい。実際、そうなる可能性は十分にあるだろう。

次期政権に託されるコロナ対策と一体の3つの構造改革

他方で、次期政権には、安倍政権が積み残した課題であり、さらに菅政権も積み残してしまった課題である、構造改革を通じた経済の効率性向上、生産性向上、潜在成長率の向上に注力することを大いに期待したい。

特に注目したい構造改革は3点である。いずれも、コロナ問題という逆風を逆手に取って、コロナ対策と同時並行的に推進していくことが期待される、いわば「withコロナの構造改革」である。

第1は民間レベルでのデジタル化推進だ。その一つとして、既に骨太の方針にも盛り込まれているが、信頼性の高い中銀デジタル通貨(CBDC)の発行を通じて、キャッシュレス化を進めることが、経済の効率化向上に貢献するだろう。現金利用に伴う感染リスクが広く意識されやすい現状は、そうした政策を進める好機でもある。それに関連して、支払い履歴などのビッグデータの利活用推進も重要である。

第2は、東京一極集中の是正である。感染リスクへの警戒や、リモートワークの広がりを背景に、地方に移住する人や地方に移転する企業の流れが続いている。それによって、地方に埋もれてきた土地、インフラ、人材を活かすことができれば、日本経済全体の効率化向上につなげられる。また、省庁の地方移転を進めることで民間の移転を促すことも、東京一極集中の是正には重要な施策だ。

第3は、菅政権が実現できなかった中小企業あるいは飲食、小売、旅行関連などサービス業の生産性向上だ。これらはコロナ問題で最も打撃を受けている分野であり、また、国際比較で生産性が低い分野でもある。コロナショックを奇貨として、業種転換、M&Aなどを通じ、こうした分野の改革を進めることで、経済全体の効率を高めることができるだろう。

金融緩和・財政に強く依存したマクロ政策からの脱却と構造改革の推進に期待

現時点での自民党総裁選の候補者の顔ぶれの中で、アベノミクスの金融・財政政策に強く依存する状態から最も距離を置きそうなのは、河野行革担当大臣だろう。以前は、財政破綻のリスクを強く警戒し、財政健全化の道を検討していた。また岸田氏も昨年9月の自民党総裁選では「財政健全化」を経済政策の3つの柱の一つに掲げていた。石破氏も、財政政策と金融政策の正常化を支持しているだろう。この点、高市氏と野田氏のスタンスはあまり明確ではない。

構造改革の推進で最も積極的と見られるのは河野行革担当大臣だ。岸田氏も構造改革積極派と言えるだろう。昨年の自民党総裁選では、「日本イノベーション基金」の創設、AI・量子・宇宙・海洋等におけるイノベーション推進、「データ庁」の創設を主張し、デジタル田園都市国家構想を打ち出していた。

高市氏、野田氏、石破氏は、構造改革重視の姿勢は相対的には弱いようにみえるが、それでも高市氏は、最先端のイノベーションと人材力の強化による「付加価値生産性の向上」に努める、5Gや光ファイバーの全国展開、中小企業のデジタル化やRPA・自動化ロボット導入支援の強化、などを謳っている。野田氏は政策綱領の中で、元総務大臣らしく「ICT等の技術革新などを背景とした経済、社会の変化への対応」を掲げている。他方、石破氏の政策は、安全保障と地方創生にかなり傾倒しているように見える。

日本銀行の正常化を後押しか

日本銀行の金融政策については、安倍政権、菅政権よりも、次期政権のもとでは、より政治的圧力から逃れ、自由度が高まるだろう。特に、日本銀行出身者が2023年4月に次期日本銀行総裁に指名されれば、それ以降は正常化策の実施がより円滑に進めやすくなり、長期にわたる異例の金融緩和がもたらす副作用の軽減に寄与することが期待される。

正常化策は短期的には円高などを引き起こす可能性があるが、長い目で見れば、金融市場の安定に貢献するはずだ。ちなみに、日本銀行出身者が日本銀行総裁に指名される可能性は、安倍政権の下では低かった。安倍前首相は、日本銀行が先祖返りをして、金融緩和に消極的になることを恐れたのである。

このように、首相交代を契機に、日本経済が抱える最大の問題である低い生産性を解消させるような構造改革が、コロナ対策と一体的に推進されることが望まれる。また、金融・財政政策に過度に依存する安倍カラーの強い経済政策の枠組みから脱却し、金融市場の安定により配慮したマクロ政策が打ち出されていくことに期待したい。

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