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FRBは利上げを急がないが、物価見通しの不確実性は高まる方向

2021/11/04

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FRBは予想通りにテーパリングを決定

米連邦準備制度理事会(FRB)は11月2日、3日に開催した連邦公開市場委員会(FOMC)で、債券買い入れの段階的縮小、いわゆるテーパリングを全会一致で決めた。これは事前に十分に予見されていたことであり、金融市場への影響は限られた。

新型コロナウイルス問題を受けて、昨年3月以降、FRBは月額800億ドルの米国債、月額400億ドルの住宅ローン担保証券を買入れてきた。債券保有額はこの間2倍以上に増え、約8兆ドルにまで膨らんだ。

今回のFOMCで、11月の買入れ額を150億ドル、12月も150億ドル減らす方針を決めた。FOMCの声明文では、「委員会は、資産購入ペースを毎月同じ程度のペースで縮小することが適切である可能性が高いと判断しているが、経済見通しの変化によって正当化される場合は購入ペースを調整する用意がある」としている。仮に毎月同じペースでの縮小が続けば、来年半ばにテーパリングは完了することになる。

テーパリングは金融政策正常化過程の起点ではない

金融市場は、FRBの利上げ(政策金利引き上げ)時期への関心を強めている。パウエルFRB議長は、「今回の会合はテーパリングを主眼においており、利上げではない。政策金利引き上げの経済状況についてはより厳しい条件となる」との主旨の発言をしている。これは従来からの説明を踏襲したもので、早期の利上げを警戒する金融市場はこれを好感した。

テーパリングは、一連の金融政策正常化過程の起点というよりも、新型コロナウイルス問題を受けた異例な対応の解除、と理解する方が正しいだろう。2008年のリーマンショックを受けて、FRBが資産買い入れ策を導入した際、あるいは2013年12月にFRBが前回のテーパリング開始を決めた時と比べても、金融政策としてのその重要性は低下しているのではないか。

資産買い入れ策は、大きなショックで金融市場が混乱した際に証券市場の機能を回復させる効果については引き続き期待できるものの、長期金利などへの影響を通じた経常的な政策効果についてはあまり明確ではない。

前回2013年から2014年にかけてのテーパリングは10か月間を要したのに対して、今回は8か月間で行われる見通しであることも、資産買い入れ策、あるいはテーパリングの金融政策手段としての重要性の低下を反映している面があるのではないか。こうしたFRBの考え方については、金融市場でも共有されているものと考えられる。

物価見通しについて不確実性は高まる

パウエル議長は、テーパリングは一連の金融政策正常化の起点ではないと考えているとみられるが、この点についてFOMC内では異なる意見もあるだろう。テーパリング終了後には直ぐに利上げの実施を主張する声が、今後の物価動向次第ではFOMC内で高まる可能性がある。

今年4月から9月にかけてのFOMC声明文では「インフレ率は主に一時的な要因により高水準にある」としていたが、今回はFRB当局者がインフレ低下を予想する根拠を示す文言が加えられた。声明文では「ワクチン接種と供給制約の解消が進めば、経済活動および雇用の拡大持続とインフレ抑制を後押しすると予想される」とされた。

インフレ率の上振れが一時的であるとのFRBの説明について、金融市場の納得感が低下していることへの対応だろう。しかしその分、物価上昇率が一巡してくることへのFRBの自信が揺らいでいる、との印象も否めない。

パウエル議長は「パンデミックが収まれば供給制約が和らぎ、雇用も拡大し、物価も現在の高インフレの水準から下がるだろう。それは22年4~6月か7~9月とみる」と発言している。

賃金上昇と物価上昇の広範囲なスパイラルとインフレ期待の上昇に注目

筆者は、物価上昇率の上振れは、新型コロナウイルス問題が個人の消費行動を変え、それが新たな産業構造を作り出す移行期に生じる、いわば「産みの苦しみ」と理解しており、来年には一巡すると考える。他方で中国不動産部門の不振やエネルギー価格高騰の影響から、世界経済は今後、成長鈍化の傾向を強めると考える。それらを前提に、FRBが利上げに動く時期は2023年後半と現時点では予想している。

一般に、供給制約による一時的な物価上昇については、中央銀行は金融政策では対応しないのが定石である。パウエル議長も「我々のツールは供給制約を和らげることはできない」と発言している。

しかし、先行きの物価動向、FRBの金融政策動向共に、不確実性が高いことは確かである。それは、新型コロナウイルス問題後の経済環境は、誰にとっても未知の領域であるからだ。状況次第では、景気減速傾向を強めることを覚悟で、FRBは、利上げに動かざるを得なくなる可能性もあるだろう。

そのきっかけとなるのは、実際の物価指数の動きに加えて、賃金上昇と物価上昇の広範囲なスパイラルが生じるかどうか、市場、企業、家計のインフレ期待が大きく高まるかどうか、の2点である。前者については、その兆候は今のところ見られていない。後者については、インフレ連動国債(10年)にみる市場のインフレ期待は現在2.5%程度であるが、今年の春までは一貫した上昇基調を辿ったものの、それ以降はやや頭打ちとなっている。

ただし今後、金融市場のインフレ期待が一段と高まる事態となれば、長期金利の大幅上昇を通じて金融市場が混乱する可能性がある。その際には、物価上昇率への対応というよりも、金融市場の安定確保の観点からFRBは利上げの前倒しを余儀なくされるだろう。これはリスクシナリオであるが、そうした場合にはFRBの利上げが米国経済の減速をより強め、世界経済は物価上昇率の上振れと景気減速が併存するスタグフレーションの傾向を強めていくことになるだろう。

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