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日本の脱炭素実現の鍵を握るトランジション・ファイナンス

2021/11/16

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脱炭素で日本が歩む道とは

英国で開かれた国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)では、脱炭素を巡る日本の立ち位置がより明確になった感がある。日本は、石炭火力発電の廃止を宣言することには否定的であり、先進国に2030年代に石炭火力発電の廃止を求める英国など、欧州諸国の姿勢とは一線を画している。他方で、石炭火力発電への依存度が高いアジア途上国、新興国とは利害が近い。

再生可能エネルギーによる発電コストが高く、また原発事故によって原子力による発電拡大の障害が大きく高まった日本では、電力の安定供給を維持するには化石燃料、特に石炭を用いた発電を直ぐに廃止することはできない。

他方で、技術力を生かして石炭発電による地球温暖化ガス排出量を減少させることで、排出量全体を減らしていき、最終的にカーボンニュートラルに至る、というのが現実的なアプローチだ。企業活動を地球温暖化ガス排出量が少ない「グリーン」か、排出量が多い「グリーンでない」かに分け、「グリーンでない」産業を悪者であるかのように考える傾向がある欧州的な「二元論」は、むしろ日本では着実な排出量の削減の妨げとなる可能性もあるのではないか。

さらに地球温暖化ガス排出量が多い産業の排出量を削減させる技術を用いて他のアジア途上国、新興国での排出量削減を支援し、その成果を、二国間排出量取引を通じて日本の排出量削減の成果として取り込んでいくことが、欧州など他の先進国とは異なる、日本が歩む道となるのではないか。

日本では特にトランジション・ファイナンスが重要

金融を通じた脱炭素の取り組みについても、こうした観点からの貢献が日本では求められる。それが、(クライメート・)トランジション・ファイナンス(移行金融)である。トランジション・ファイナンスは、地球温暖化ガス排出量が多い環境負荷の高い事業活動を、脱炭素あるいは環境負荷の低い事業モデルへと移行(トランジション)させるための投融資のことを言う。

金融庁は経済産業省、環境省とともに、昨年12月に「トランジション・ファイナンス環境整備検討会」を立ち上げ、今年11月までに4回の会合を開いている。そこでは、トランジション・ボンド、トランジション・ローン等による資金調達を行う際の国内基本指針の策定を行っている。

さらに、2050年カーボンニュートラルの達成を前提にして、その時点までの排出量削減の道筋を、環境負荷の高い産業ごとに示す「分野別ロードマップ」の策定が進められている。今年度に対象となる産業は、電力、ガス、石油、鉄鋼、セメント、化学、紙・パルプの7分野だ。既に鉄鋼分野についてはロードマップが公表されている。来年度には自動車、航空などの分野でもロードマップが策定される予定だ。

「分野別ロードマップ」は、排出量削減に必要な新たな技術を導入していくためのトランジション・ファイナンスを検討する事業会社に、その戦略策定の指針を与えるものとなる。他方、トランジション・ファイナンスを供給する金融機関などには、そうした事業会社の取り組み、戦略の適格性を判断するための指針となる。

現状では船舶分野のみ

日本でトランジション・ファイナンスの実例があるのは、船舶分野のみである。今年7月には日本郵船、9月には商船三井と川崎汽船が、それぞれトランジション・ファイナンスを実施している。日本郵船と商船三井は、LNG燃料船の建造資金の調達に、それぞれトランジション・ボンド、トランジション・ローンを活用した。

トランジション・ファイナンスは国際資本市場協会(ICMA)などがガイドラインを定めており、第三者機関による認定の枠組みが構築されている。各社は、トランジション・ファイナンスの第三者認証を取得することで、邦船各社の脱炭素戦略の本気度を対外的に発信でき、幅広い金融機関や投資家の資金を呼び込むことにつなげている。

トランジション・ファイナンスの活用が日本の脱炭素の成否を左右

脱炭素の推進はどの国にとっても簡単なことでなく、いわば総力戦であたることが求められる。金融の力を最大限借りることも不可欠だ。そして日本が独自の形で脱炭素化を進めていく中では、金融はトランジション・ファイナンスの面で特に大きな貢献が求められる。

しかし現状では、他国と比べてもトランジション・ファイナンスの活用は今のところ限られている。今後は、投資家への一段の浸透を通じて、巨額の資金をこの分野に引き込むことができるかどうかが、日本の脱炭素の取り組みの成否を大きく左右することにもなるだろう。

(参考資料)
「海運大手、「移行金融」活用拡大。商船三井、LNG燃料供給船に」、2021年11月2日、日本海事新聞

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