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ECBのラガルド総裁の記者会見-Journey has begun

2022/04/15

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はじめに

今回(4月)の政策理事会は、声明文の中で、ロシアによるウクライナ侵攻がユーロ圏経済に大きな影響をもたらす点を確認した一方、APPによる資産買入れを第3四半期中に終了すべきとの予想が強まったとの判断も明記した。

経済情勢の評価

ラガルド総裁は、ウクライナ侵攻が企業と家計のマインドを毀損するほか、貿易の支障を通じて供給制約を一層悪化させ、エネルギーや商品の価格上昇を通じて需要を減退させるといった影響を既に及ぼしつつある点を確認した。

加えて、経済の先行きがウクライナ侵攻と経済制裁との展開に大きく左右されるとした上で、リスクは下方に傾いており、供給制約の長期化や物価の一層の上昇、企業と家計のマインドの悪化を要因として挙げた。

もっとも、ラガルド総裁も、ユーロ圏経済はサービス業を中心としてCovid-19からの回復期にあったほか、雇用の拡大や財政支出の増加、家計による貯蓄の取り崩し等によって下支えされることへの期待も示した。

物価情勢の評価

ラガルド総裁は、インフレ率上昇の主因であるエネルギー価格の高騰が、当面は継続するとの見方が強まった点を確認したほか、肥料価格や輸送費の高騰を映じて、食品価格の上昇が顕著になった点にも懸念を示した。また、今回のインフレにはCovid-19からの景気回復とそれに伴う供給制約という特殊要因が関与している点も確認した。

これらを踏まえてラガルド総裁は、リスクが上方に傾いているとの判断を確認し、要素としてインフレ期待の不安定化や賃金上昇の加速、供給制約の悪化を挙げた一方、景気が減速すれば、その分だけ価格上昇圧力は緩和されうる点も確認した。

質疑応答では、複数の記者が二次的効果のリスクを質したのに対し、ラガルド総裁は高インフレが続けば契約賃金にも波及しうるとして警戒感を示した一方、賃金動向には域内のばらつきも大きいとして、事態を注視する姿勢を示した。

また、別の複数の記者は、最近の議事要旨の内容を踏まえて、 ECBの執行部による見通しがインフレ見通しの過小評価を繰り返している点を問題視した。ラガルド総裁は執行部のモデル分析を信頼している一方、不確実性の高い局面では謙虚であるべきと指摘し、広範な情報に基づく判断が必要との考えを示した。

金融環境の評価

ラガルド総裁は、ウクライナ侵攻後に金融市場のボラティリティが上昇するとともに、市場金利も金融政策の見通しの変化や物価動向等を映じて上昇した点を確認した。もっとも、短期金融市場は安定を維持し、流動性も潤沢である点も確認した。この間、ECBのサーベイによれば、経済環境の不透明化を映じて、銀行が企業と家計に対する与信姿勢を幾分タイト化している点も説明した。

これを受けて、一部の記者は銀行による与信姿勢のタイト化の意味合いを質した。ラガルド総裁は、同サーベイによれば今後もタイト化が継続する見通しである点を指摘した一方、個人や企業に対する貸出の量が減少している訳ではないとして、現時点で特に懸念すべき状況にはないとの判断を示唆した。

金融政策の運営

今回(4月)の政策理事会は、金融政策の現状維持を決定した。

もっとも、APPによる資産買入れは、足許の指標を踏まえると第3四半期に終了すべきとの予想が強まったとの判断を示した。前回(3月)時点では「経済見通しが予想通り進めば」という条件が付されていたので「半歩前進」であるが、第3四半期の具体的にいつにするかは判断を留保した。

このため複数の記者が具体的な時期を質したほか、インフレ率が高騰しているだけに、できるだけ早期に資産買入れを終了すべきとの指摘もみられた。これに対しラガルド総裁は、ECBは昨年12月から金融政策の正常化を開始し、今はそのプロセスの途中にある(journey has begun)ことを再三強調するとともに、次回(6月)の会合で新たな経済見通しをもとに具体的な時期を決定する方針を示唆した。

また、APPを遅くとも9月に終了する方針が明記されたことで、予てから市場で指摘されていた本年中の利上げ開始の可能性も必然的に上昇したことを踏まえて、複数の記者が利上げ開始の時期を質した。

ラガルド総裁は、APPによる資産買入れの終了後、利上げは「幾分後(some time after)」に開始する方針を、前回(3月)の声明文に新たに追加し、今回(4月)も維持している点を確認したほか、その間隔は経済情勢次第で数週間にも数か月にもなりうるとの考えを説明した。

もっとも、ラガルド総裁も、次回(6月)会合ではフォワードガイダンスの達成如何がより明確になるとも述べた。つまり、次回の会合で改訂されるインフレ見通しによって利上げのフォワードガイダンスの条件が達成されたと判断すれば、APPの具体的な終了時期だけでなく、利上げ開始の具体的時期もある程度明確になることが想定される。

一方で、質疑応答でより多くの記者が取り上げたのは、政策運営における柔軟性の具体的内容であった。実際、今回(4月)の声明文には、ECBがインフレ目標の中期的達成のためにすべての政策手段を駆使するという定型の表現に、「必要であれば柔軟性を取りこむ」という文言が追加された。

ラガルド総裁は、Covid-19による経済への影響を抑制する上で、政策運営の柔軟性が有用である点が確認されたとの認識を強調するとともに、ECBにとっては金融政策の効果が域内に適切に波及することが不可欠であるとして、域内の金融システムのfragmentationの防止が柔軟性の目的であるとの理解を示した。

また、複数の記者がそのための具体的な手段を質したのに対し、 PEPPの再投資を柔軟に運営する可能性を例示した一方、先月中旬の講演(Watcher’s Conference)において示唆した何らかの新たな手段については具体的な言及を避けた。また、そうした対応の導入如何は、APPによる資産買入れや利上げとは直接リンクさせることなく、必要性に応じて判断する考えも併せて示した。

執筆者情報

  • 井上 哲也

    金融デジタルビジネスリサーチ部

    シニア研究員

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