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制裁下でのロシア経済の立て直しに動くロシア中銀

2022/04/20

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予想外のルーブル回復の陰にロシア中銀

先進国による対ロ経済・金融制裁を受けて一時急落したルーブルは、予想外にも、ウクライナ侵攻前の水準近くまで戻っている。その過程で、ロシア中銀(中央銀行)が果たした役割は大きい。海外中銀に預けた外貨準備を凍結され、ルーブル買い支えの為替介入を封じられたロシア中銀は、様々な資本規制措置を導入することでルーブルを支えようと奔走したのである。

その中でも大きな効果を上げていると見られるのが、輸出企業に外貨収入の8割を売却しルーブルに換えることを強いる規制措置だ。欧州向けを中心に制裁の直接的な対象からは外されているエネルギー関連の輸出は、減少しつつもなお一定水準を維持している。一方で、制裁の影響をより大きく受ける輸入は輸出以上に大きく減少していることから、貿易黒字が増加したのである。その上で、輸出企業が外貨収入の8割を売却してルーブルに換えるため、為替市場ではルーブル買いの需要が高まったのである。

さらに、ロシア中銀はウクライナ侵攻開始直後の2月28日に、政策金利を緊急的に9.5%から20%に引き上げた。これもルーブルを支える措置であり、一定の効果を発揮したとみられる。

ロシア中銀の権限は他国よりも大きい。銀行監督や金融政策の決定に加えて、金融市場や保険会社、投資ファンドの規制も担っている。ウクライナ侵攻後のロシア中銀の対応には、欧米の対ロ制裁への対応やそれへの報復というロシア政府の目標を達成するためのものも含まれていた。外国人投資家が数百億ドル相当のロシア株を売却するのを阻止した措置もその一つである。

政策の優先度は通貨・物価の安定から経済の安定に

プーチン大統領は以前より、ルーブルの大幅下落と、それがもたらすハイパーインフレを強く嫌ってきたとされる。ロシア中銀の通貨価値と物価の安定を重視する政策は、プーチン大統領にも強く支持されていると見られる。

そうした中、ルーブルの急落の影響を受けて急速に高まっていた物価上昇率に、鈍化傾向が見られるようになった。ウクライナ侵攻から3週間は、消費者物価が前週比で+2%程度上昇を続けていたが、その後+1%程度に鈍化し、さらに最新調査(4月2日~8日)では前週比+0.66%まで鈍化した。3月半ばからルーブルが持ち直し、輸入物価の高騰に歯止めがかかったことが背景にある。

これを受けて、ロシア中銀は4月8日の緊急会合で、政策金利を17%に引き下げた。4月29日の次回定例会合でも15%程度へと追加利下げを決定するとみられている。

ロシア中銀は4%の物価目標を掲げる。物価上昇率がその水準まで戻るには、週間の物価上昇率が前週比で+0.1%程度まで低下する必要がある。そこまで物価上昇率が低下する前に政策金利の引き下げを進めるのは、政策の優先度が通貨・物価の安定から、経済の安定へとシフトしているからだろう。ロシア中銀は、物価上昇率が目標の4%に戻るのは、2024年になると予想している。必ずしも短期的に物価目標の達成を目指してはいないのである。

ロシア経済の悪化はこれからが本番

ロシア中銀の各種政策の効果もあり、ルーブルは安定を取り戻し、物価上昇率は鈍化し始めた。しかし、ロシア経済が本格的に悪化するのはこれからである。既に貿易は大幅に減少しているとみられる。また、海外企業が国内事業を停止、あるいは撤退したこと、海外からの部品などの輸入が滞ることで、国内での生産活動は停滞が避けられない。その結果、財・サービスの供給が減って需給ひっ迫から生じる新たなタイプの物価上昇にロシア経済が見舞われる可能性が考えられる。

また海外企業の撤退によって、首都モスクワだけでも20万人失業する可能性があると、モスクワ市長が述べている。ロシア国内で6.2万人の従業員を抱えるマクドナルドは、一定の期間は雇用を維持し、給与の支払いを継続する方針だ。ロシア国内で1.5万人の従業員を抱えるスウェーデンの家具大手イケアは、少なくとも3か月の給与をロシアの従業員に支給する。

しかし、海外企業による雇用維持と給与保証は次第になくなっていき、その中で失業も増えていくだろう。そのなかで、ロシアは深刻なスタグフレーションに見舞われる可能性が予想される。

ロシア輸出企業は新たなビジネスモデル、「デジタルルーブル」の発行も

こうしたもとで、ロシア経済の立て直しを期待されるのが、ロシア中銀だ。ロシア中銀のナビウリナ総裁は4月18日に、当面は供給不足による物価高騰に見舞われるとの見通しを示す一方で、金融引き締めを緩和することで、経済を支援する考えを述べている。ナビウリナ総裁は、「第2、第3・四半期には構造転換と新たなビジネスモデルの模索という局面に入るだろう」としている。

ナビウリナ総裁は先進国の制裁について、「今後、経済への影響が拡大し始める。現在は輸入の制限が主な課題となっているが、将来的には輸出制限も視野に入る」と述べ、制裁がさらに強化され、輸出の一段の減少を強いられる、との見通しを述べた。

そのうえで、「輸出企業は、新たなパートナーとの物流模索や前世代の製品生産切り替えが必要になる」と指摘している。これは、制裁の下で輸出企業が先進国以外の新たな輸出先を開拓する必要性、新たな決済チャネルを開拓する必要性があることと、輸出競争力の向上に資する構造改革の必要性を主張したものだろう。

さらにナビウリナ総裁は、ロシア市民がデジタルウォレット間で資金のやり取りをできるよう、「デジタルルーブル」の発行をテストしていると述べている。このプロジェクトに関連した試験は、今年後半に予定されているという。

ナビウリナ総裁とプーチン大統領との微妙な関係

ナビウリナ総裁は、金融の自由化でその手腕を発揮してきた。ロシアは2006年に資本規制を廃止したが、その後、ナビウリナ総裁が主導する形で、2014年にはルーブルの自由変動相場制への移行を実現したのである。

制裁措置、ルーブルの急落を受けて、金融自由化を進めてきたナビウリナ総裁の役割は、資本規制策導入による通貨防衛へと180度変わった。さらに今後は、制裁下でのロシア経済の立て直しを期待されているのである。

米ウォール・ストリート・ジャーナル紙は3月に、ナビウリナ総裁がウクライナ侵攻に驚き、当初は辞任しようとしていた、と報じた。辞任の意向を示したことは、ブルームバーグも報じていた。プーチン大統領は辞任のうわさを一蹴すべく、ナビウリナ総裁の3期目の続投を決定したのである。その結果、ナビウリナ総裁は、先進国との経済戦争に大きく関与することを余儀なくされている。

ウクライナ侵攻の是非などについて一切語らないナビウリナ総裁とプーチン大統領との微妙な関係やナビウリナ総裁の今後の動静は、制裁下でのロシア経済の安定、金融の安定に影響を与える可能性があるだろう。

(参考資料)
「ロシア中銀総裁、追加利下げ示唆 景気支援に財政出動拡大も」、2022年4月18日、ロイター通信ニュース
「ロシア中銀副総裁「利下げ余地ある」=インタファクス通信」、2022年4月15日、ロイター通信ニュース
「DJ-【焦点】ロシア中銀総裁、戦争で方針を180度転換(1)、(2)、(3)」、2022年4月13日、ダウ・ジョーンズ米国企業ニュース
「モスクワ、西側企業の撤退で20万人の雇用喪失も 市長が見解」、2022年4月19日、CNN

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